はじめに
体が病気になると割りと分かりやすく症状が出ます。その為仕事などでも休みを取りやすい傾向にあると思います。しかし心が病気になっても表向きに分かりづらく周囲の目を気にしたりと偏見を恐れて隠してしまうことも多く見られがちです。なかなか心の病気について開けっぴろげに話せる雰囲気も作りづらく、精神的な病気をオープンな話題にしにくいのも問題の一つにあると思います。
未だに根強く残る、「心の問題=その人の性格の問題」や「心の問題=甘え・根性がない」という風潮。この偏見と風潮のせいで辛くても我慢してしまい心のケアが充分に行えない人も多く、国民の40人に一人が精神疾患を抱えているという統計もあります。
そこで今回は心の問題を考えていきたいと思います。
■心の問題にはどんな問題があるか
大きく分けると
*不安障害
*気分障害
*統合失調症
*物質使用障害(薬物・アルコール依存など)
*認知症(アルツハイマー・脳血管性など)』に分類されます。
このうち、
*不安障害:ストレスなどが関与し、不眠やパニック発作、神経症性障害や身体に出る障害(消化器症状・蕁麻疹等)
*気分障害:主にうつ病
と分類されています。
■心の問題となる因子
*ストレス(心身に作用する外的要因の事を全て指します)
*発達障害と括られるいわゆる自閉症スペクトラム
■ストレスの内訳
*金銭面:貧困とストレスの直接的な相関関係あり
*家庭環境:家族内の不和、育児の悩み、親子関係など
*職場環境:ハラスメント、仕事量、やりがいなど
*対人面:社交性の有無、攻撃的な人や考えが合わない人とのやり取りなど
*喪失:失恋、社会的地位からの離脱、離婚、死別など
*身体面:事故や病気、怪我などによる身体の自由がなくなるなど
こういった事象は誰でも発生しうる事ですが、『ストレスというものは自分が容認できない時に発生する』と考えて頂けると分かりやすいのではないかと思います。
■ストレスの対処を身に付ける
1)まずはストレスに気が付く:こんな症状
精神面では
*気分の落ち込み・憂鬱感
*イライラがとまらない
*何もなくても涙が出る
*不眠・過眠
*酒量が極端に増える
*過食・食欲の減退
*集中できない・単純ミスが増える
*不安が強くなる
*絶望感・無力感
*簡単なことが平常時よりも覚えられなくなっている
*訳もなく悲しい・寂しい
*自分に対する価値観を見出せない・自己肯定感が低い・自信の喪失
*漠然と死にたくなる
身体面では
*胃や腸の不調(胃痛・胸焼け・喉のつまり感・お腹の張り・便秘・下痢など)
*頭痛・頭重感など
*口の渇き・味を感じない・味覚の変化や過敏など
*動悸がして胸の痛みを感じるなど
*息苦しさ・酸素が吸えていない感覚
*皮膚の発汗が平常よりも増える・蕁麻疹など
*耳鳴り・耳閉感・めまい・目の症状など
*手足のしびれ感や脱力感・異常な感覚・末梢の冷感
*全身がだるい・ふらつく・動いていても眠くなる・微熱が続く
人によっては精神面の症状が現れず、身体面の症状のみで表出されることがある:仮面うつ病(身体表現性障害)・心身症
2)気が付いたらどうするか
*明確なストレス源があるのであれば、排除していく(問題に焦点をあてて解決に導く)
例:相手に対しストレスを感じているのであれば第三者を挟み直接働きかけて問題を解決していく、その場を離れる、逃げる。
*「嫌」と感じた時を記録していく。何に対してどう嫌と感じたか
自分の心の変化を書き出すことで、ストレスが何に対して起こっているかを明確にできる。
→明確になると客観的に嫌の原因を観察しやすくなる。
*主観を排除する行動、方法の習得:マインドフルネスが効果的(後述する)
この様に、あらゆるストレスがうつの原因となります。一時的に強いストレスを受けたり、ストレスの蓄積が脳に影響を与えてしまいます。
■脳科学的にうつをみる
ストレスがどのように脳に影響をもたらしているかの学術的研究が幾つかありますが、感情や思考をつかさどっている大脳の前頭葉の一部、大脳基底核、小脳などの場所が反応している事が解明されています。
更に、ストレスに対して長期的な展望による報酬(受けたストレスに対する見返り的な事象)と、短期的な展望による報酬では脳の反応する部位が違っているという研究結果も出ています。例を挙げると「今ストレスを感じている仕事が終われば食事に行ける」「歯医者で治療を終えれば美味しいものが食べられる」という短期展望と「異動願いを出して部署の異動ができれば相性の悪い上司と会わなくなれる」「姑のいびりが酷いけど後半年すれば別居できる」という長期的展望では脳の報酬系が違っているという事です。
しかし、この報酬系は先が予測できないと作用できず、ストレスの蓄積となってしまいます。この蓄積が脳の機能低下につながり、いわゆる「うつ」という状態を作り出していきます。例を挙げると「生まれてきた子どもに障がいがありこの先どうなるのか分からない不安」「結婚してみたがパートナーと意外と合わなくてこの先やっていけるかどうか分からない」など先行きが見えないことによる不安や悩みが脳の神経伝達物質の作用に影響します。
つまり、『うつは脳の病気である』といえます。心というのは、つまり脳の機能なのです。
そして一度脳の機能障害が起こると治療を開始して完治するまで非常に長い時間をかける事が必要となってしまいます。
■うつにまず気が付くことから始める ~筆者の実体験から~
自分で言うのもおこがましいのですが、筆者は真面目で我慢強く、責任感が強い性格をしていると思っています。そして律儀でもある。いい加減なことがダメで人に対してはきちんとしていないと気が済まないたちであります。ただし、自分の事に関してはかなり自堕落であることも付け加えておきます。
実はこの様な性格がうつになりやすいと言われています。実際、筆者も子どもたちの特性上の問題とパートナーの無理解、学校での問題と数年のうちに一気に強いストレスを受けたことでうつを患ってしまって今に至っています。今も抗うつ剤を飲みながらの生活をしているのです。
そんな筆者がどのようにしてうつに気が付くことができたか。
最初は、出勤するのが何故か非常に億劫に感じた所からでした。職場の人間関係は特に問題なく、忙しいながらもやりがいを感じていました。しかし朝体を動かすのがどうにも辛い。この時点ですでにうつの初期兆候であったのですが、我慢強い筆者はそれを無視して仕事を続けながらストレスに晒され続けていました。次に出てきた兆候は、何もしていなくても息苦しく胸がおかしくなるようなしんどさ、訳もなく涙が出る、などといった症状。息苦しさと胸苦しさはいわゆる「パニック発作」というもの。聞きかじってはいたものの実際なってみて症状を調べて初めて分かったのでした。
前回でもお伝えしている内容のストレスの症状をばっちり発症してしまっていました。
ここで初めて自分が「うつ」なのではないかと気が付いたのです。つまり、気が付くのが遅かったのでした……。
ネットの情報やうつ病チェックなどで確信し、心療内科へ通う事を決意するがどこのクリニックが合うのかどうか分からない。そこでまた立ち往生。病棟や外来で看護師をしてきた経験から、合わない医師に最初から当たりたくないという防衛反応が出てしまっていました。
幾つか候補を絞って、初診が自分の都合と合うクリニックを探して電話で問い合わせるもどこも2~3ヶ月待ち。評判がいいクリニックほど初診にかかれるまでの待ちが長いのです。
それでも待った甲斐があり、最初にかかったクリニックの主治医とも相性が良かったおかげで今でも通い続けることができています。ちなみに筆者が通っているところは現在、初診は半年待ちだそうです。
気が付くまでが遅いと思われるかもしれませんが、ストレスでうつを発症する人は大体我慢に我慢を重ねて壊れてから気が付く傾向が強いのです。「どこかおかしい」という事を早めに気が付くのが難しいのです。
そしてこういう人は大概、外面がいい(=回りに迷惑をかけたくない)ために本当に酷くなるまで外見的に何もないように取り繕ってしまいがちになってしまいます。
要は、「我慢強く真面目で責任感が強い」のです。
■ストレス症状やうつに気が付いたら
まず、心療内科にかかりましょう。心療内科にいきなりかかるのは敷居が高い、と思う人は近所の内科のクリニックでもいいです。必要があれば心療内科への紹介状も書いてもらえるので申し出てみましょう。まず自分の体に感じている症状(眠れない、食欲がない、やる気が出ない、落ち込みが激しい、息苦しいなど)を医師に伝えましょう。
繰り返しますが、ストレス反応やうつの状態は「脳機能の異常」なのです。体の一部に異常が起こったら医者にかかるのと同じ、脳の機能の異常は心療内科にかかるのがベストです。
どうすればストレスを軽減できるか、ストレスの軽減でうつの症状を軽くできるかについてをお話しします。
■症状に気が付いたらまずやる事 ~筆者の事例をもとに~
うつっぽいかも、と感じたときはまず誰かに相談しましょう。心置きなく話せる人に自分が感じている状態を話すことが大切です。そんな人いない、という人は公的な相談窓口(*1)を活用するのも一つの手です。筆者は家庭内の問題を同僚に愚痴ることが偶にありましたが、いよいよ自分がおかしいかもと思ったときに相談したのは職場の先輩でした。
「心療内科にかかったら?」
この一言が私の背中を押してくれ、心療内科への受診を決めることができました。その時には既にだいぶ症状的に重くなってしまっていましたが……。
誰かに相談することで自分の問題を洗い出すことができます。言葉にする事でモヤモヤしていた部分がはっきりするかも知れません。そして相談して聞いてもらえる事で気持ちを受け止めてもらえる安心感も生まれます。
気持ちを受け止めてもらえる安心感は、行動を起こすきっかけにつながります。早いうちに相談することでストレスに対する対応を考えることもできます。誰でもいいから相談することは、実はいい事尽くめなんです。
しかしこれがなかなかできない。未だに偏見が気になる人も多いかも知れません。でもちょっと待ってください、偏見はもしかしたら自分の頭の中だけかもしれませんよ。自分が偏見を持っているから、周りもその様に見ているのではないかと思う様になるのです。
自分の危機の時に周りの目なんて構っていたら良くなりません。悪化するだけです。
一度心療内科の診察を受けてしまえば、もう怖くありません。症状の重さによって適切な治療を受けることができます。
自分の心の中が整理整頓できない、頭の中が散らかってしまい問題を整理できないという人は心療内科で臨床心理士によるカウンセリングを受けることもできます。問題がはっきりしていてそのストレスが続いている場合は、ストレスを和らげ気持ちをリラックスさせたりする様なお薬を処方してもらえます。
これはその人のうつの症状によって出される薬であり、抗うつ剤の種類はかなり多くあります。
一番新しい薬が良く効く人もいれば、20年前に開発された薬のほうが合っている人もいます。ちなみに筆者は新薬は合わないことが多く、数年にわたり何度か薬を変えながら社会生活を何とかこなせる程度にまで回復することができました。酷い時は一日寝込んでいたり、発作的に死にたい衝動に駆られて家を飛び出してしまったり……。
実はつい最近、精神科病棟に入院していた事がありました(衝撃の告白)。
娘たちの不登校と態度に完全に参ってしまい、完全に自分が壊れていた事までは覚えていますが騒ぎが酷くなり警察に保護され、気が付いたら精神科病院に護送されていました。そこで受けた診断は「自殺、または他害の危険性があるため措置入院」。
名古屋市長の権限で有無を言わさず入院。発作的な、一時的な騒ぎで入院とは……、と思ったのですがいざ入院してみると意外と入院生活に適応している自分に驚きました。子どもたちには児童相談所の保護所で保護されるという申し訳ないことになったけど、まずは自分が回復しないと子どもたちを支えて生活できないと説得され、とにかく優良患者でいるように心がけました。
その甲斐あって約1ヶ月で退院、今は不安定すぎる子どもに寄り添いながら何とか生活しているような感じです。時々不安になったり疲れが酷くて寝込むこともありますが……。
この様に、うつを患ってからの生活は困難に対処するのが非常に難しくなり思考能力も機動力も落ちてしまうので本当に早めのストレス対策を心がけて欲しいと思うのです。
医学的文献を幾つか見ても、うつは一度よくなったように見えても再燃してしまったり、ほぼ治ったように見えても再発しやすいといわれています。
そして、回復期と再燃・再発の時が一番自殺の危険が高まります。回復してくるにつれ自分を取り巻く状況がはっきり見えてくるので、そこで絶望する人が多くいます。再燃再発時では繰り返す症状に絶望感を感じる事が多いようです。
また、強いストレスに耐え切れず脳機能に強いダメージを受けると発作的に自殺する傾向も多く見られます。職場での問題、貧困など社会的要素が大きいのが特徴といえます。
■うつかも知れない、と思える人が近くにいたら……
まずは声をかけてあげてください。「最近元気なさそうだけどどうしたの?」「顔色あまりよくないみたいに見えるけどなにかあったの?」
声をかけながら、うつになっているかも知れない人の周りの人も観察してみてください。ストレスの元になっている何かを見つける事ができるかも知れません。もし相談事を話し始めたら、否定的な言葉が出そうになっても一旦飲み込んで相槌を打つ、話す言葉をそのままオウム返しに繰り返して言葉の内容を確かめる、などをしながら話を促していくとより話がしやすくなるかと思います。
その上で、アドバイスを求められたら思った事などを話してみるのがよいかも知れません。治療を促すのも話す内容に耳を傾けてからのほうが受け入れてもらいやすくなります。
一般的言われている「励ましの言葉を投げかけない」というのも気をつけるべき事項です。また、うつ状態となると自分での意思の決定が困難となるため優柔不断に感じられるシーンが出てくるかも知れません。意思決定を求めるとそれだけで精神的な負担が増えてしまうので周囲の人が「○○しようか?」「△△でいい?」などと提案してあげる事も良いでしょう。
精神的に何らかの負担を抱えていると感じられる人に対して一番重要なのが周囲の支援です。それとなく配慮しながらうつっぽい人が生活し辛いと感じる事を減らしていくのが周りにできる一番の支援になります。
■うつっぽい、と自分が感じたら……
まずは誰かに相談し、心療内科や精神科などに受診しましょう。体に症状が出ていても出ていなくても、先述した症状がいくつも当てはまっていれば受診する必要性は高いといえます。不安であれば、うつ病のセルフチェックなどを活用してみましょう。セルフチェックの結果を診察の時に持参すると医師に症状を伝えやすくなります。
先述した「ストレスの対処を身に付ける」でもお伝えしましたが、まずはストレス要因となっているものを排除していく事が重要です。仕事や家庭の要因などで排除しきれない場合、自分からストレスの元になっている場所から離れて休養をとるのも一つの手段です。重症のうつの場合は入院治療も考慮されます。ストレスの元から隔離して脳を休める事が何より大切なのです。
そしてマインドフルネスというのも効果があります。
■ストレスを上手に扱えるようになれる「マインドフルネス」とは
この言葉、皆さん聞いた事はあるかも知れません。一流の企業も実践的に取り入れている心理手法です。「瞑想」「気功」「ヨガ」などとして日本でも取り入れられてきていたものですが、健康な人向けであった事とスピリチュアルな感覚を持つ側面がありましたが、精神的に問題を抱えている人向けに科学的な研究が積み重ねられた事により「マインドフルネス」という言葉で定着しています。
これは、ストレスとなる事象に遭遇した時に自分の主観を排除し、思考の外側から客観的に観察できるようになる方法です。主観的に物事を考える事で多角的なものの捉え方ができなくなり、「~すべき」「~なくてはならない」といった視野の狭い判断を起こしがちになります。
マインドフルネスではそうした「~すべき」といったいわゆる「べき思考」から脱却してストレスの元に対して冷静に客観的に判断できる思考能力を高める事ができます。
「べき思考」にとらわれてしまうとその価値観やこだわりにとらわれてしまい、自分や周囲を合わせようとさせてしまいます。無理に合わせようとする事でストレスはより大きなものとなってしまいますが、「べき思考」を「一歩引いた客観的に見る思考」に置き換える事で無理に合わせようとする事も減らせてストレスと上手く付き合う事ができるようになります。
詳しい方法は専門書やウェブサイトなどにありますが、簡単なセルフトレーニングとしては
1.呼吸をしている事に集中して意識を向ける
2.意識を向けている間に沸き起こる様々な雑念をそのまま感じ取り、思考せずにただ観察する。その間、自分に対する評価は一切しない
3.呼吸に意識を向け雑念をそのまま観察する事で得られた事や気が付いた事があれば振り返り見落とさないでおく
といった感じです。
固定された思考からくる不安や心配事に振り回されずにあるがままの自分と環境を受け止められるようになると、ストレスはかなり軽減されます。
このマインドフルネス療法は心療内科や精神科などでも個人療法やグループ療法などがありますので、詳しい方法を見ても自分ひとりでは難しいと感じる人には専門医の指示のもとで受ける事が望ましいです。
おわりに
主にうつに焦点を当ててお話してきましたが、脳の機能障害(精神疾患)は多岐にわたります。そしてうつと他の精神疾患はしばしば併発する事も多く見られます。
うつかと思ったら「躁うつ病」(双極性障害)だった、ベースに発達障害によるコミュニケーション障害があった、話がかみ合わないと思ったら違う精神疾患があった、など色々です。
自分が持つ感情や考え方のクセを他人視点で見られるようになると随分と気持ちが楽になりますが、その為にも、気持ち(脳の処理力)に無理をさせないように心がけてみてください。
<参考サイト>
厚生労働省 知ることから始めよう みんなのメンタルヘルス総合サイト
他学術文献多数
※1)うつ病サプリ 無料相談窓口紹介
(看護師ライター・梓川みいな)