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【レッドブル・エアレース】第2戦カンヌ大会・ホール595日ぶりの勝利・室屋は4位でランキング3位に後退

 レッドブル・エアレース2018第2戦、カンヌ大会がフランス南部、コートダジュールの「映画の街」カンヌで行われ、オーストラリアのマット・ホール選手が2016年開幕戦アブダビ大会以来、595日ぶりの勝利を挙げました。2017年ワールドチャンピオンの室屋選手は4位に終わり、惜しくも表彰台には届きませんでした。

  •  フランスでの初開催となったカンヌ大会。レッドブル・エアレースに参戦しているパイロットで最大勢力(マスタークラス3名、チャレンジャークラス2名)となるフランス人パイロットにとっては待望の母国開催です。ハンガーにはカンヌ市長デビッド・リンスナール氏も表敬訪問し、フランス人パイロットを激励していました。

     また、今年初のヨーロッパ開催ということもあり、著名なレーサー達も数多くハンガーに来訪していました。F1ドライバーではデビッド・クルサード氏、アレクサンダー・ブルツ氏、フォーミュラEではジャン=エリック・ベルニュ氏、アンドレ・ロッテラー氏、WRCではセバスチャン・ローブ氏らの姿が見られました。

     ■イワノフ選手と室屋選手の機体改修

     開幕戦アブダビ大会のフリープラクティス中、パイロン下部の丈夫な部分にウイングレットが接触し、大きなダメージを受けたニコラ・イワノフ選手の機体ですが、およそ2か月間で修復し、地元開催に間に合わせてきました。しかし、主翼に押されて後部胴体の外板も損傷していたので、細く絞り込まれたカーボン複合材製のパーツを再度制作する時間的・予算的余裕がなかったらしく、以前使っていたものを取り付ける形になりました。このため、細く小さくなっていたキャノピーも、以前のものへ戻されています。ウイングレットも同様で制作が間に合わず、コンベンショナルなウイングチップに変更されていました。

     日本の室屋選手は、この2か月の間に機体の改修を行いました。すぐ見て分かるのが、主翼端の形状。レイクドウイングチップから、先端を跳ね上げてウイングレットに近い形状へとモディファイ。そして開幕前に存在が明らかになっていた、新しいエンジンカウルも装着されました。スリムになって、より空気抵抗(表面抗力)を小さくしたものになっているのですが、あまり小さくしすぎるとカウリング内を流れる空気の通り道が狭くなり、エンジンの冷却効率が落ちてしまうため、そのクリアランスを確保した、複雑な3次元形状となっています。


     エンジンを冷却する空気の取り入れ口は逆に拡大されました。取り入れ口から直接ダクトでエンジン上部に空気を導き、熱くなった空気を下部から一気に排出します。このため、機体下部、エンジン排気口付近の開口部が広く深くなり、エンジンから熱を奪って熱くなった空気を排出する効率が向上しています。

     このほか、ホイールパンツもさらに細長くなり、空気抵抗を低減した形状へと変化しています。より速く、そしてこれから迎える夏の暑さにも対策を施しているという形です。

     ■予選はグーリアン選手がトップ、室屋選手は6位

     カンヌのトラックはぐるぐる回る、いわばカルーセル(回転木馬)型のトラック。海側からビーチに向かって進入したのち、左旋回してシケイン、ハイGターン、一旦水平に姿勢を戻すゲート4を経てバックセクションへ。ゲート7から90度の右旋回をしてバーティカルターン(VTM)し、スタートゲートに戻るレイアウトです。

    カンヌ大会のレーストラック(Red Bull Media House/Red Bull Contents Pool)

    カンヌ大会のレーストラック(Red Bull Media House/Red Bull Contents Pool)

     予選では僅差の争い。57秒台前半のタイムを出したのは6人で、トップに立ったのは57秒073のマイケル・グーリアン選手でした。非常にスムーズなフライトで、開幕戦の勝利がこれまでの雌伏の時の終わりを告げるものだったということを印象付けました。室屋選手は57秒456で6位。

     地元フランス勢はミカ・ブラジョー選手が57秒454で5位と、ひとり気を吐く結果となりました。マルティン・ソンカ選手とベン・マーフィー選手は、最初のタイムアタックで12Gを超えるオーバーG(エッジ540の設計最大荷重は12G)を記録。機体に損傷がないか確認するためにレースエアポートに戻されることとなり、両者とも記録なしに終わりました。

     ■ラウンド・オブ14~ラウンド・オブ8

     ラウンド・オブ14の初戦から、地元フランスのミカ・ブラジョー選手が登場。58秒588をマークし、インコレクトレベルで2秒のペナルティを受けたクリスチャン・ボルトン選手を難なく下しました。逆にヒート2に登場したニコラ・イワノフ選手はインコレクトレベルのペナルティもあり、マティアス・ドルダラー選手に敗退。2009年組同士の対戦となったヒート3は、室屋選手がカナダのピート・マクロード選手を0秒197差で辛くも勝利しました。マクロード選手は全体4位のタイムを記録しており、ファステストルーザーでラウンド・オブ8に進出しています。他にラウンド・オブ8に進出したのは、マット・ホール選手、フアン・ベラルデ選手、マルティン・ソンカ選手、マイケル・グーリアン選手です。

     ラウンド・オブ8ではホール選手、室屋選手、ドルダラー選手らがファイナル4へ。ここで注目したいのが、マクロード選手のフライトと、ベラルデ選手のフライトです。どちらもペナルティもあって敗退した訳ですが、マクロード選手はゲート7からゲート8に向かう際に風の影響で進路がずれ、ゲート8でパイロンヒット。そしてベラルデ選手は、ゲート8通過後のバーティカルターン(VTM)時にふらついて修正舵を使用してしまったため「VTMの上昇時にロールしてはいけない」というルールに抵触して1秒のペナルティを受けることになりました。

     レーストラックを上空から見ると、バーティカルターンを行うゲート8だけが離れた場所にあり、ちょうど外海に面している場所にあります。このため、ここだけ風が建物などの影響を受けず、他の場所とは違う風が吹く形になっているのです。マクロード選手とベラルデ選手のペナルティは、この「他とは違う風」の影響があったようです。

     ■ファイナル4中に判明した失格

     ファイナル4進出者は一旦ホール選手、室屋選手、ドルダラー選手、ソンカ選手とアナウンスされました。そして1番手となるホール選手がこの日最速となる57秒692を叩き出して、続く選手にプレッシャーをかけます。室屋選手はゲート8でインコレクトレベルで2秒のペナルティを取られて1分0秒261となり、優勝の可能性が消えます。室屋選手によると、ゲート7からゲート8に向かう際、ここだけ違った形で風が吹いていて、それで機体が流されてしまったとのこと。トラックでここだけポツンと離れた場所にあるゲート8で、思わぬ風に見舞われてしまったようです。


     続くドルダラー選手は57秒764を記録し、ホール選手にわずかにおよばず。残るはソンカ選手……となったところで、レースコミッティから突然のアナウンスがなされます。ソンカ選手がラウンド・オブ8のフライト中、プロペラ軸の回転数が規定を超えていたため、ルールによりDQ(失格)とされたのです。回転数を超えていた時間はわずか4秒あまりでした。突然のことに、茫然自失のままソンカ選手は離陸を待つばかりだったレース機から降ります。

     急遽ファイナル4進出が知らされたグーリアン選手は、心の準備もできなかったであろう中、58秒083のタイムをマーク。3位に食い込みます。優勝はホール選手。2016年開幕戦アブダビ大会以来、そしてレース機をMXS-Rからエッジ540V3にスイッチしてから初の勝利となりました。ハンガーではファイナル4を共に飛んだ2009年組のドルダラー選手、室屋選手と喜びを分かち合います。


     開幕戦のアブダビでは、新しい塗装デザインの影響で尾翼部が重くなり、縦方向の操縦感覚に神経を使わなければならなかったそうですが、このカンヌの前までにドイツで改修を加え、機体のバランスも整えられたとのこと。「初勝利を飾った時と同じくらい興奮している」と、エッジ540での初勝利を喜んでいました。2017年末に、チームのテクニシャンであるロン・シマード氏がパナマでの飛行機事故で急逝したホール選手のチーム。「とてもつらいけど、ロンはいつも僕らのことを笑顔で見守ってくれていると知っている。そしてフィンチー(デビッド・フィンチ氏)がチームにとどまって、テクニシャンを務めてくれたのが大きいよ」とも語っていました。

     この勝利でホール選手は年間ランキング2位に。トップのグーリアン選手とは3ポイント差です。年間3位は、今回4位だった室屋選手。しかしホール選手との差はわずか2ポイント差、トップとも5ポイント差なので、悪くない位置につけていると言えます。カンヌ大会2位のドルダラー選手は12ポイントをゲットして年間4位に躍進しました。

     ソンカ選手はラウンド・オブ8の結果がDQ(失格)となったため、ラウンド・オブ8最下位の8位に。これにともなって、ラウンド・オブ8進出者の順位が繰り上がり、地元フランスのミカ・ブラジョー選手は5位となりました。

     ■ソンカ選手失格の原因は?

     ソンカ選手が失格となった理由は「オーバーRPM」という違反でした。レッドブル・エアレースでは、プロペラ軸の回転数(エンジン回転数)が最大2950回転/分と規定されており、これを超えるとDQ(失格)となります。今回ソンカ選手がオーバーRPMを記録した時間は4.4秒とわずかな時間で、当初はセンサーの誤作動が疑われたようです。しかし検証の結果オーバーRPMが認められ、ソンカ選手は失格となりました。

     飛行機のエンジンには、自動車やバイクのエンジンとは異なる機構が用いられています。そのうちのひとつが、プロペラの角度(ピッチ)を決定する「ガバナー(調速機)」です。これは一種のリミッターで、エンジンが壊れるような過回転(オーバーレブ)状態にならないよう、プロペラのピッチを調節して規定の回転数の範囲に収める、という装置です。今回ソンカ選手のレース機に搭載されているエンジンで、何らかの理由で一瞬ガバナーの作動状態に異変が起き、回転数の制御ができなくなってオーバーRPMを記録したようです。

     ソンカ選手のレース機に搭載されているエンジンは、開幕戦のアブダビでも点火時期をコントロールするマグネトーの部品がずれてDQ(失格)処分を受けており、エンジンに問題が生じていることが予想されます。ソンカ選手側も事態を重く見て、エンジンのスペア部品を発注していたのですが、メーカーからの発送が遅れ、ソンカ選手の手元に届いたのはレース翌日の4月23日。千葉大会までにエンジンのオーバーホールか、スペアエンジン(各チームにはスペアのエンジンが支給されている)に載せ替えて、機体とのセッティングをやり直す必要があります。厳しい状況ですが、これまでのレースで速さは証明しているので、万全な状態で千葉にやってきてほしいものです。

     日本のファンが心待ちにしている千葉大会は、いよいよ5月26日~27日、千葉市の幕張海浜公園を舞台に開催される予定です。

    見出し写真:Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

    (咲村珠樹)

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