2018年10月30日、東京でスイスの時計ブランド、ブライトリングの新作「プレミエ・コレクション」と「ジャパン・レーサーズ・スクワッド」結成の発表会があり、スクワッドに参加するレッドブル・エアレース2017年世界王者の室屋義秀選手と2017年インディ500勝者の佐藤琢磨選手によるトークショウが行われました。あわせて、2018年シーズンを振り返る室屋義秀選手の単独インタビューをお届けします。

 2018年に体制を一新したブライトリング。「腕につける計器」という別名を持つクロノグラフで知られますが、過去に立ち返り、より洗練されたスタイルの新作を発表しました。「PREMIER(プレミエ)」と名付けられたコレクションは、1940年代にブライトリングが作っていた腕時計のデザインをモチーフに、現代的にアレンジしたもの。クロノマットやナビタイマーなど、パイロットウォッチのイメージが強いブライトリングですが、海(スーパーオーシャン)や車(ベントレーとのコラボ)など、他のスポーツ分野にもラインナップを持つブランドであることを再認識させられる時計となっています。

 これと同時に、ブライトリングは様々な世界で活躍する人物たちを「スクワッド」の名で紹介しています。例えば、映画の世界で活躍する「シネマ・スクワッド」には、ブラッド・ピットさん、シャーリーズ・セロンさん、アダム・ドライバーさん、ダニエル・ウーさん。今回日本独自の展開として、レーシングドライバーの佐藤琢磨選手、レッドブル・エアレースパイロットの室屋義秀選手、MotoGPライダーの中上貴晶選手の3人で「ジャパン・レーサーズ・スクワッド」の結成が発表されました。


 都内で行われた発表会には、このうち佐藤琢磨選手と室屋義秀選手が登場。2017年、佐藤琢磨選手は選手はインディ500マイル、室屋義秀選手はレッドブル・エアレース最終戦インディアナポリス大会と、同じインディアナポリス・モータースピードウェイを舞台に行われたレースで勝利しています。

 2人の初対面はNHKの企画で、レッドブル・エアレースのインディアナポリス大会に、インディ500勝者の佐藤琢磨選手が室屋選手の陣中見舞いに訪れる……というものだったのですが、すぐに意気投合して収録のカメラが止まってもずっと話し込むようになっていたとのこと。お互いを「ヨシさん」「琢磨さん」と呼ぶ間柄だそうで、この日も仲の良さを感じさせる笑顔の絶えないトークが展開され、互いが乗っているマシン(室屋選手はNSX-GT、佐藤選手は室屋選手のエクストラ300L)を体験した時のことなどを語ってくれました。



 室屋選手は飛行機にはついていないブレーキによる強烈な減速Gが、そして佐藤選手は最高でも5G程度というインディカーを超えるGを体験したことが印象に残っているとか。互いにGに耐える体の使い方をマスターしているのですが、室屋選手の飛行機に乗ってGを経験している際、室屋選手に「ちょっと力を緩めてみて」と言われた佐藤選手が試しに力を緩めたところ、すごい勢いで血液が足の方に下がっていくのを感じたといいます。筆者も室屋選手のフライトに同乗した際、Gへの対処が一瞬遅れた時に足の血管が無理やり拡張されるビリビリした痛みを感じたので、佐藤選手の言葉がよく理解できました。

 また、お2人は次代を担う子供達に向けてのプロジェクトにも力を注いでいます。室屋選手は福島の子供たちと空を身近に感じてもらう活動、そして佐藤選手は「復興地(佐藤選手は災害に遭った地域を“未来に向けて復興する土地”と捉えてこう呼んでいます)」の子供たちにレーシングカートに乗ってもらう活動などを実施。どちらも自分の後継者を育てるというだけでなく、子供たちに今までにない体験をすることで、自分の殻を破って可能性を追求する人になってほしいという思いがあるという共通点がありました。

佐藤琢磨選手(左)ブライトリングのカーンCEO(中央)室屋義秀選手(右)

佐藤琢磨選手(左)ブライトリングのカーンCEO(中央)室屋義秀選手(右)

 この機会に、室屋義秀選手に今シーズンを振り返り、11月の最終戦、そして2018年シーズンに向けてのお話を伺いました。

■室屋義秀選手インタビュー

――まず、第7戦インディアナポリス大会についてお伺いします。ちょっと残念な結果(ベン・マーフィー選手と対戦したラウンド・オブ14でインコレクトレベルのペナルティを受け敗退し12位)に終わりましたが、個人的には昨年の全てが噛み合ったスーパーラップとは逆に、室屋さんの感覚と飛行機の動きとが、ほんのわずか噛み合っていないように感じました。

「そういうのもあると思いますね。我々のオンボード(映像)で見る限り、ほぼペナルティじゃないんですけど、外の(判定用)カメラで見るとほんのわずか、2フレーム(約1/15秒)くらいズレてたという……。今年はいろんなものを投入しつつ、実は2019年を見込んで前倒しで進めているので……テスト期間が短いとか、研究に関する時間が足りてないとか、そういう側面があって。その中で千葉のことも含めて、そういう結果になったんでね、反省点ではあるし、改善点であると思ってます。インディの件は、僕のミスといえばミスだし、微妙なところではありますけど……もう少しトレーニングやテストというものが、もう1機予備機があってできるような体制を作っていかないといけないのかなと。そう思わされた年でしたね」

――インディで投入したウイングレットのことなんですが、あれは千葉で一旦投入したスモールテイル(小型化した垂直尾翼)と組み合わせることを前提として、トータルのパッケージとして開発されたものなんでしょうか?

「そうですね。結果として、どこでどう噛み合うかは判りませんけど……多分セットにするとバランスが良くなると思われてますね、今のところは。まだテストする時間がないので、最終戦のダラス-フォートワースでも(スモールテイルの再)投入はしないんですけど。もう少しテストをしていく中で、組み合わせとしては、多分いい組み合わせになってくると思われますね」

――スモールテイルについてなんですが……千葉でもお伺いしましたが、垂直安定板としての機能の減少(左右方向への安定性が悪くなる)と、方向舵の面積が減少することによる方向舵の利きの悪さ、どちらの方が操縦時の感覚の変化・違和感は大きいんでしょうか?

「基本的に、垂直安定板の面積が減っていることによる安定性の悪さ、というのが最大の影響で、安定性が落ちている分動きは良くなるので、方向舵の面積が小さくなる分にはあまり影響がないというか。その分ウイングレットが補ってくれるので、ウイングレットと組み合わせるとバランスがちょうど良くなるんじゃないか、とか……垂直尾翼の面積をもう少し増やして行く方向で調整していけば、使えるようになるんじゃないかと考えているんですけどね」

――今年のリノ・エアレースでのF1クラス優勝機(ナンバー34 ジャスティン・ミーダース選手のSnoshoo SR-1「Limitless」)が、室屋さんが千葉で投入したスモールテイルと似通った形状の垂直尾翼を採用してまして。タクティシャンのベンジャミン・フリーラブさんは、そういう情報も参考にしながら設計を行なっているのかな、と思って見ていました。

「それは参考にしてますけど、うちの機体はまた独自に設計をして垂直尾翼の面積を算出しているので……とは言っても(先にスモールテイルを採用して戦っている)カービー(・チャンブリス選手)のチームからも部品の供給があったりというところの制限の中で作っているので。まぁ、一から作り直した方がいいか、あるいはもう少し手直しした方がいいか……というところだと思いますけど、ちょっと時間のかかるプロジェクトなので、すぐに使わないとは思いますね」

――そうですね。先行してスモールテイルを導入したカービー選手も、操縦感覚を修正しつつ結果を出すまでに半年から1年という時間を費やしましたし。2016年シーズンに水平尾翼の昇降舵の面積を小さくしたナイジェル・ラム選手は、操縦感覚の違和感からフライトのバランスが全部崩れてしまって、結局元に戻したということもありましたし……。操縦に直接関わるパーツの改良というのは、かなり繊細なバランス調整が必要なようですね。

「そうですね。非常に繊細ですね。うまくはまれば一気に芽が出ますけど……非常に繊細なだけに、うまくいかない確率の方が、どっちかというと高いかな(苦笑)。これはテストを繰り返せばいいんですけどね」

――変わって、来年を見据えて……という形になると思うんですけれども、ダラス-フォートワースでの最終戦について伺います。最終戦が終わるとレース機はそのまま来年の開幕戦の地、アブダビに送られてしまうので、今のこの時期が実質的な「シーズンオフの開発期間」という形になります。この期間に室屋さんは、エンジンを交換して最終戦に臨むそうですが。

「もうエンジンは交換し終わって、まもなくテストフライト開始なので……来週には僕もカリフォルニアに行ってテストに入るので、予定通りには進んでますね」

――今年、開幕2戦連続でエンジントラブルに悩まされたソンカ選手が、エンジンのオーバーホールを終えたブダペスト大会から3連勝、そしてインディアナポリス大会にエンジン交換をして臨んだイワノフ選手が今シーズン初の表彰台といい結果が出ていますから、同じようにいい結果を期待したいところですね。

「うまくいくとは思うんですけどね。これもまたどっちに出るか判らないところもあるので。うちのエンジンは決して調子の悪い状態ではなかったので……まぁ、多分プラスになるだろう、というのと、来シーズンは多分同じエンジンでいくと思いますんでね、長い目で見れば、今しか交換してテストするタイミングはないな、というところで決断しました」

――最終戦は残っていますが、今シーズン全体を振り返ってみて、また初めての経験というか「ディフェンディングチャンピオン」としてのシーズンはどのように感じましたか?

「チャンピオンだから、というのは関係ないんですけど、一歩先にということで研究開発をして、テストも実戦投入もしていきましたけどね……。結果としては若干テスト時間が足りない、先ほど言いましたように予備機の必要性とか、そういうことも含めて検討していく材料になったので、1年間いろんな勉強になったと思います。単純なトラックタイムだけだと、まだウチはトップレベルの速さは維持できているので、決して進化の方向は悪い方向には行っていない、と。あとは結果に結びつけるということで、来年はもう少し体制を落ち着けて、無理して開発をして投入をし続けない、ということも選択肢に入れながら戦っていく必要もあるな、という風に感じてますね」

――ちょっと攻めていき過ぎたというか、動き過ぎた、という感じですか?

「そうですね。そんな感じですね」

――チャンピオンを取ったことによるマスコミ対応などの忙しさなどで、自分でコントロールできることとできないことのバランス、という点もでしょうか。

「そうですね。そういうところも含めて、チャンピオンを取った後のシーズンについては今年勉強させてもらったんで、来年以降はもう、結構いけるんじゃないかな、と思ってますね」

(取材:咲村珠樹)