ドイツ空軍とイスラエル空軍の共同訓練「ブルー・ウイングス2020」が、8月17日(現地時間)にドイツのネルフェニッヒ空軍基地で始まりました。イスラエルの戦闘機がドイツを訪れるのはこれが初めて。18日にはホロコーストのダッハウ強制収容所、ミュンヘンオリンピック事件の現場フュルステンフェルトブルックで慰霊飛行が予定されています。
ユダヤ人国家として建国されたイスラエルとドイツの間には、ナチスドイツによるユダヤ人弾圧、いわゆる「ホロコースト」という暗い過去が横たわっています。第二次世界大戦終結から75年という節目の年に、イスラエル軍が初めてドイツを訪れ、ドイツ軍と共同訓練を実施するという歴史的な出来事が現実のものとなりました。
ドイツとイスラエルは、ナチスドイツのホロコーストという過去を決して風化させない、という考えで一致しており、その上で新たな友好関係を築いていこうという「未来志向」の交流を続けています。イスラエルで実施される多国間共同訓練「ブルー・フラッグ」には、毎回ドイツ空軍の戦闘機が参加しており、既に部隊間の交流は進んでいます。
しかし、イスラエル空軍の部隊がドイツで共同訓練をするというのは、今回が初めてのこと。従来よりさらに一歩進んだ関係になろうという両国の意志が、今回の「ブルー・ウイングス2020」実現に導いたものと思われます。
イスラエルから参加する航空機のうち、メインの戦闘機は第105飛行隊「スコーピオン」に所属する6機のF-16C/Dバラク。これに第122飛行隊に所属する、2機のガルフストリームG-550ナフション・エイタム早期警戒管制機、2機のボーイング707輸送機、そしてC-130輸送機がドイツへやってきました。
ドイツ空軍のユーロファイター飛行隊、第31戦術戦闘飛行隊「ベルケ」がホスト役となって実施される訓練の日程は2週間。戦闘機同士の空対空戦闘や対地攻撃、地対空ミサイルへの対処など、様々な訓練シナリオで戦技を磨きます。第2週には、NATO加盟国同士の空軍部隊が一体となって行動する共同訓練「MAG(Multi-national Air Group) DAY」にも参加する予定です。
イスラエル空軍がデザインした共同訓練のミッションパッチは、イスラエル空軍機の国籍表章である青いダビデの星(六芒星)と、ドイツ空軍機の国籍表章である鉄十字がガッチリと組み合ったもの。両国の部隊による固い結束を思わせるデザインです。
もちろん、このような密接な関係を構築するためには、両国の歴史に横たわる暗い過去について、認識を同じくすることが必要です。この共同訓練には、ドイツにあるユダヤ人とイスラエルゆかりの場所上空での慰霊飛行も8月18日に組み込まれました。
まず1か所は、ミュンヘン近郊にあるダッハウ強制収容所跡。現在は難民やホームレスの保護施設として活用されていますが、1933年にヒムラーにより設置が発表された、ホロコーストによる一連の強制収容所で最も古いものの1つであり、その後に作られた強制収容所のモデルとされました。1945年4月29日、アメリカ陸軍によって解放されましたが、その惨状に逆上したアメリカ兵により、収容所職員やドイツ人捕虜に対して「ダッハウの虐殺」が起きたことでも知られ、二重の意味で暗い過去を宿す場所です。
もう1か所は、1972年のミュンヘンオリンピック会期中の9月5日に発生したテロ事件「ミュンヘンオリンピック事件」の舞台である、フュルステンフェルトブルック飛行場。オリンピック選手村にパレスチナのテロ組織「黒い9月」の武装したメンバーが侵入し、イスラエル選手団宿舎を襲った事件で、最終的に選手村で2名、そしてフュルステンフェルトブルック飛行場で人質となった9名のイスラエル選手団とその関係者(ほかに警察官1名、実行犯5名)が死亡しました。
ミュンヘンオリンピック事件は、近代オリンピックの歴史で大会関係施設において選手らが殺害された唯一の事件。ドイツの対テロ特殊部隊「GSG-9」創設のきっかけとなった事件としても知られ、この後1年近くにわたってイスラエル当局とパレスチナ側との間で暗殺の応酬が続きました。
この慰霊飛行の後、ダッハウ強制収容所跡では、ドイツのカレンバウアー国防大臣、イスラエルの駐ドイツ大使、両国空軍の司令官らが出席する慰霊式典が開催されます。今回の共同訓練に参加しているイスラエル空軍第109飛行隊長は、祖父がダッハウ強制収容所の生き残りとのことで、式典で挨拶をする予定となっています。
式典に参加を予定しているドイツ空軍の監察官、インゴ・ゲルハルツ中将は「ホロコーストという人道における罪を乗り越え、歴史上初めてドイツ上空をイスラエル空軍機と翼を並べて飛ぶということは、両国における友情を示す感動的なシーンです。ドイツの歴史で最も暗い過去を反省し、反ユダヤ主義と戦うということは、現在における我々の使命です」とのコメントを発表しています。
イスラエルの戦闘機パイロットにとって、ドイツを含むヨーロッパの上空は、本国とは全く違った風景となります。イスラエル空軍の第105飛行隊長は「戦術的レベルにおいては、他国の空軍から学び、不慣れな土地や困難な状況で訓練するというのは得難い機会です。戦略的な観点から見ても、他国の空軍と協力し、能力を拡張することは重要だと考えています」と、今回の共同訓練に対する意気込みを語っています。
訓練ではもちろん、新型コロナウイルス感染防止に十分注意した形で実施されます。訓練に参加するイスラエル空軍のメンバーは出国前に検査を受け、新型コロナウイルスに感染していないことが確認されています。ドイツ空軍側も2週間の訓練期間中、最大4回の検査を受けて感染拡大を防ぐとのことです。
<出典・引用>
イスラエル航空宇宙軍 ニュースリリース
ドイツ空軍 ニュースリリース
Image:イスラエル航空宇宙軍
(咲村珠樹)