今年2月、JAXAは一般の男性8人を2週間、閉鎖環境に置く試験を行いました。昨年12月の募集時には「宇宙バイト」と注目され大きな話題になりましたよね。勿論応募が殺到したそうです。
一般には「2週間閉じ込められる」としか認識されていなかったようですが、実はこれ、私たちの生活にも役立つ実験なのです。
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JAXAが行ったこの試験、正式には「宇宙飛行士の精神心理健康状態評価手法の高度化を目指す有人閉鎖環境滞在研究」といいます。JAXAだけでなく、筑波大学や東京大学なども参加した共同研究です。
外界と隔絶された環境(閉鎖環境)に長期間滞在する宇宙飛行士は、環境要因や、分単位のスケジュールで次々行われる各種実験など、様々なストレスにさらされます。これについて、現在は2週間に1度くらいの頻度で実施されている、精神医学・心理学の専門家によるビデオ面談でしか、宇宙飛行士にかかるストレスを判断するしかありません。ビデオ面談ということは通信に使うデータ量が大きく、時間的な制約もあって詳しく踏み込むことが難しい場面もあります。
現在JAXAは、宇宙飛行士にかかるストレスを探る為、同様な閉鎖環境である海上自衛隊の潜水艦を担当する医官(潜水医官)や、深海に潜る有人潜水調査船「しんかい6500」を運用している海洋研究開発機構(JAMSTEC)の医師らと情報交換しています。また、JAXAの宇宙医学研究チームには、同じく閉鎖環境で長期間滞在する、南極越冬隊の医師を務めた人物も在籍しています。
軌道上で得られるデータが少ない為、帰還した宇宙飛行士の経験談と合わせ、似通った閉鎖環境の経験を持ち寄って、宇宙飛行士にかかるストレス対策を立てている訳です。それでも、宇宙という環境は特殊です。もっと独自のデータが必要です。
そこで、ビデオ面談だけでなく、他にストレスを客観的に評価できる指標はないか、それを見つけるというのが、この研究の目的です。理想は採血など、肉体的な負担を伴わず、宇宙飛行士自身がリアルタイムで評価することができるもの。その第1回実験が、2月に実施された実験だったのです。
2016年度には、3回の実験が予定されています。被験者(20歳〜55歳の健康な男性)はその都度、医学ボランティア会(JCVN)を通じて募集されます。2週間の閉鎖環境試験のほか、事前の状態チェックと試験後の回復状況のチェックの為、筑波宇宙センターに4回通所します。協力費は各回とも、38万円。
簡単に精神的ストレスの状況が把握できる指標というのは、実は宇宙飛行士の為だけではありません。このノウハウが確立すれば、一般の企業や学校などでも応用が利きます。現在、職場や学校のストレス評価も、個人面談や上司の印象評価が主体で、面談を受けた人が正直に話しているのか、上司が的確に把握しているのか、という点で疑問の残る手法です。また、面談に行くというのも結構ハードルが高く、カウンセラーなど専門職を在籍させているのも、ごく一部の大企業に過ぎません。
それが、簡単にストレス状態を客観的に評価できる指標が見つかり、検査手法が実用化されれば、どこでも精神的な健康管理が容易にできるようになります。なにしろ、制約の多い宇宙で、宇宙飛行士がリアルタイムに評価可能なものですから。
この研究・実験は、宇宙だけでなく、私たちの生活にも非常に役に立つものなのです。
(文:咲村珠樹)