日本の先住民族のひとつであるアイヌ。2016年のマンガ大賞受賞作『ゴールデンカムイ』でその文化が描写され、ゲームやアニメで展開されている『うたわれるもの』シリーズでも作品世界のモチーフとされています。
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アイヌは多彩な文化を持っていますが、文字を持たない民族である為、叙事詩(神謠)である『ユーカラ』をはじめとする種々の物語や、民族の記憶は口伝(口承)によって現代まで残されてきました。明治~昭和の時代にかけて、これらを文字で記録した金田一京助の試みも知られています。
しかし現在、アイヌ語の話者も減り、アイヌの物語をそのままの状態で聞くことは難しくなりました。2009年9月には、UNESCOの調査によって作成された『世界の危機言語地図(Atlas of the World’s Languages in Danger)』で、アイヌ語は消滅寸前の「極めて深刻な状態(Critically Endangered)」とされています。
この危機的状況の中、生きた言語としてのアイヌ語を後世に残す為、国立国語研究所と千葉大学の研究者が中心となって、アイヌの物語を「読んで・聞ける」サイト、その名も『アイヌ語口承文芸コーパス―音声・グロスつき―』が開設されました。一文ごとに、日本語と英語の対訳を見ながら、アイヌ語による語りを聞くことができます。
元になった音声資料は、千葉大学の中川裕教授が1977年~1983年にかけてアイヌの語り部、木村きみ(1900-1988)が語ったものを録音したもの。
内訳は昔話(ウエペケレ)が20編、神謡(カムイユカラ)3編の計23編、時間にしておよそ7時間分です。
これはのちに、国立国語研究所のアンナ・ブガエワ特任准教授を中心とした研究グループにより、ロンドン大学SOAS(School of Oriental & African Studies)危機言語アーカイブに収蔵され、保管されてきました。
今回コーパスで公開されたのは、2015年度の予算で実施された、そのうちの10編(ウエペケレ8編、カムイユカラ2編)。時間にしておよそ3時間分の物語です。2016年度には残り全ての物語が公開される予定です。
音声による言葉は、文字にすると失われてしまう、イントネーションや発音の微妙な違いなどの重要な情報を含みます。今回のコーパスの公開は、日本で同じように消滅の危険がある他の方言(八重山方言、与那国方言など)や、他の国の消滅危機言語の保存・公開を考える上で、非常に大きな役割を果たしそうです。
▼参考
アイヌ語口承文芸コーパス―音声・グロスつき―
UNESCO「世界の危機言語地図」
(文:咲村珠樹)