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【おたく温故知新】第五回 戦前にもあった萌え擬人化?〜戦火に消えた悲運のNYK美少女三姉妹〜

こんにちは。のんびり、まったりとしたペースで、現在のおたく表現に関するルーツ等に考察を加える、咲村珠樹の「おたく温故知新」でございます。5回目は、いわゆる「萌え擬人化」についてのお話です。

今や何でもかわいい女の子(男の娘の場合もありますが)に置き換えた「萌え擬人化」がありますよね。生物無生物問わず、さらには実態を持たない「現象」まで擬人化されるようになっています。さて、ではいつ頃からこの手の「かわいい女の子」に置き換える「擬人化」があるのでしょうか。


  • 長いこと思わせぶりに引っ張るのもアレなので、さっと出してしまいましょう。戦前に作られたポスターに、興味深いものがあります。

    1940(昭和15)年に欧州航路就航予定の豪華客船、新田丸・八幡丸・春日丸を告知する、日本郵船のポスターです。描かれているのは三人の美少女。よく見ると、少女が持っている扇子に、それぞれNITTA MARU・YAWATA MARU・KASUGA MARUの文字が描かれているのが判ります。……そう、この少女たちは新田丸・八幡丸・春日丸を擬人化したものなのです。

    描いた画家は小磯良平。巨匠として知られていますが、この当時はまだ30代、フランス留学から帰国したばかりの売れっ子の画家として、藤田嗣治らと陸軍嘱託の従軍画家になる(1938年~1939年)など、様々な分野で精力的に活動していた時期でした。日本郵船が、彼にポスターを依頼したのもその人気ゆえのことでしょう。

    それにしても、よくも船のポスターに美少女を……という感じですね。

    もっとも、これ以前にも船のポスターに女性が登場するケースはよくありました。しかしそれは「快適な船の旅」や「目的地の雰囲気を表す風景」のモチーフとして登場するもので、あくまでも「人間」であることが前提。船を直接人間にするケースはほとんどありませんでした。

    客船の宣伝ポスターというものは、例えばカッサンドルが手がけた同時代の豪華客船ポスター(ノルマンディー号など)でお判りのように、船を大きく描くのが常道でした。人物が描かれる場合も、必ずと言っていいほど「船と人(船客か就航地の人々)」という形に終始しています。

    カッサンドルの「ノルマンディー号」ポスター(1935年)

    ところが日本郵船の新田丸・八幡丸・春日丸は、船自体が少女の姿。しかも驚くべきは、擬人化した少女のポスターは海外宣伝向けで、日本国内用は通常の船体が描かれたポスターが使われているのです。当時としては奇をてらった(今でも客船のポスターとしては異例ですが)デザインで、日本郵船としては海外の顧客に「他の会社の船とは違うぞ」というのを見せたかったのかもしれません。

    船の命名も、日本郵船は会社名(NIHON YUSEN KAISHA)の頭文字を採って海外では「NYKライン」としているところから、そのNYKをあしらって新田丸・八幡丸・春日丸とした訳で、社を代表する「三姉妹船(海外では船は女性名詞なので、同型船は姉妹になる)」として力を入れていました。もちろん設備も豪華で、当時としては画期的な全客室の冷房(当時最高級の豪華客船、クイーン・メリー号やノルマンディー号にも装備されていなかった)などを備え、内装は建築家の中村順平(みなとみらい線・馬車道駅にあるレリーフなどが現存する代表作)や村野藤吾(20世紀日本を代表する建築家のひとりで、近鉄・橿原神宮前駅舎や有楽町ビックカメラなどを手がける)、特別室内の織物は皇室の御料車を手がける帝室技芸員、川島甚兵衛が担当するという凝りようです。

    この力の入れようには訳がありました。当時の欧州航路(ヨーロッパでは「極東航路」と呼称)では、日本郵船に代表される日本の船会社と、ヨーロッパ、特にフランスのMM(メサジェリ・マリティーム)社とイギリスのP&O(ペニンシュラ&オリエンタル・スチーム・ナビゲーション)社、そしてドイツのノルドドイッチュ(北ドイツ)・ロイド社との間で、し烈な競争が繰り広げられていたのです。

    日本郵船三姉妹船の建造のきっかけは、1935(昭和10)年に就航したロイド社のシャルンホルスト号でした。こちらもシャルンホルスト・グナイゼナウ、そして改良型のポツダム(姉妹会社であるハンブルグ・アメリカラインの船)で三姉妹船となっていたのですが、その最大の特徴は快速にありました。当時の日本郵船の欧州航路主力船、照国丸の巡航速度(15ノット)を大きく上回る21ノットで航行でき、新航路も相まって従来より二週間近く速い24日間の航海日数でヨーロッパとアジアを結ぶ、というスピードを見せつけたのです。

    当時の新聞(東京日日新聞)報道によると、当初日本郵船は「東洋は寄港地が多いので、スピードを活かす機会はそれほどないのではないか」というようなコメントを出していたようですが、来るべきスピード時代を察知して、その対策として、今後10年を制しうる快速船を建造し、欧州航路の覇者となろうとも同時に述べています。新田丸・八幡丸・春日丸は、こうした計画のもとに建造された(新田丸は1938年起工)船だったという訳ですね。海外に宣伝の重点を置き、他社の船と差別化を図る意味でも、このような「船の少女擬人化」をしたということなんでしょう。

    当時は萌え絵なんて存在してませんから、今から70年以上前の感覚では、この美少女ポスターも十分「萌え絵」と言っていいんじゃないかと思います。この「萌え擬人化」については日本郵船も力を入れたようで、就航記念絵はがきにも、小磯良平以外の画家による三姉妹(たすきに船名が書いてある)の絵が登場します。

    さて、こうして華々しく宣伝された新田丸以下の三姉妹船。予定されていた1940(昭和15)年就航というのは、大きな意味を持っていました。この年は紀元2600年の記念の年であり、それを大々的に祝うイベントとしてオリンピック(冬季は札幌、夏季は東京)と万博が開催予定。三姉妹船の長女(?)である新田丸には、ヨーロッパからオリンピックの選手団や万博の関係者、そしてそこへ訪れる観客を輸送するという目的もあったのです。1936(昭和11)年のベルリンオリンピックの際、ロイド社のシャルンホルストがオリンピックの日本選手団(前回ロサンゼルスオリンピック大障害馬術金メダリストの西竹一とウラヌスら)をドイツまで送り届けていましたから、今度は日本の船がヨーロッパから……という感じですね。

    ところが、就航予定の前年である1939年に勃発した第二次世界大戦が、新田丸たちの運命を大きく変えます。この年、日本郵船の欧州航路船である照国丸が、ロンドン沖で機雷に触れ、沈没してしまいます。これをきっかけに日本郵船はロンドン航路の運航を取りやめてしまい、欧州航路も閉鎖されてしまいました。日本も日中戦争に突入しており、これに先立つ1938(昭和13)年にオリンピック開催権を返上、万博も同時に開催中止となります。完成した新田丸と八幡丸は、当初の予定だった欧州航路には就航できず、アメリカとを結ぶ太平洋航路でデビューすることになりました。

    しかし翌年には日米間の緊張が高まり、新田丸が6回目の航行を終えたところで、またもや航路は閉鎖されてしまいます。新田丸らが豪華客船として力を発揮する場所は失われました。

    これらの優秀な客船に、海軍が目をつけます。当時は国を問わず、優秀船を作る際には国からの補助金が出ていまして、有事の際には軍が買い取って徴用するような契約が結ばれていました。新田丸ら三姉妹船もその例外ではなく、建造費1200万円のうち410万円の助成を海軍から受け、有事の際には海軍が買い取って空母へ改装するという契約条項があったのです。日米開戦を控えた1941(昭和16)年、完成していた新田丸・八幡丸、そして進水して艤装中だった末の妹、春日丸は海軍に買い取られ、空母へと改装されました。

    こうして改造され、完成順に空母大鷹(たいよう・春日丸)・雲鷹(うんよう・八幡丸)・冲鷹(ちゅうよう・新田丸)となった三姉妹船は、主に前線への航空機輸送任務に就きます。空母になると、客船として未完成だった為、改造が容易だった末っ子の春日丸が1番艦(ネームシップ)となり、以下順番が客船時代と逆転しているのがちょっと面白いですね。空母改造後、機動部隊(航空戦隊)に所属して、直接戦闘に参加する任務に就かなかったのは、速力が遅い(他の正規空母は最大30ノット以上の速力があった)為に戦闘中、他の艦と行動を共にできなかったのが理由でした。

    で、輸送任務とはいえ、攻撃は受けます。さすがにマリアナや珊瑚海といったメジャーな海戦には参加していないので、機動部隊による航空攻撃という訳ではありませんが、冲鷹(新田丸)が1943(昭和18)年12月4日、大鷹(春日丸)が1944(昭和19)年8月18日、雲鷹(八幡丸)が1944(昭和19)年9月17日に、それぞれアメリカの潜水艦によって撃沈されてしまいました。

    ちなみに、ライバルだったロイド社のシャルンホルスト号・グナイウゼナウ号・ポツダム号はどうなったのでしょうか。

    シャルンホルスト号は第二次世界大戦勃発当時、日本に到着したところでした。欧州航路が閉鎖された為、もう客船を運航することはできず、乗組員は別ルートで本国へ帰ったものの、船自体は回航することもできず、神戸港に置き去りになったままで時を過ごすことになります。

    1942(昭和17)年、日本海軍はミッドウェー海戦で当時の主力だった正規空母を一気に4隻も失い、窮地に立たされていました。空母を一から建造するのも進められていました(大鳳・雲龍・天城・葛城など)が、それと同時に空母へと改造できそうな大型船を軍民問わず物色していたのですが、その目に留まったのが、置き去りにされっぱなしのシャルンホルストです。すぐにベルリンの日本大使館を窓口にドイツ政府と交渉し、代金は戦後に後払いとの条件で買い取りに成功します。こうして日本海軍の船となったシャルンホルストは改造され、1943(昭和18)年のクリスマスに工事が完成して空母神鷹(しんよう)となりました。

    新田丸らを改造した大鷹型と同じく、主に航空機輸送任務に就いた神鷹(シャルンホルスト)でしたが、1944(昭和19)年11月17日、船団護衛中にアメリカ潜水艦の魚雷によって沈められてしまいました。

    ドイツに残ったグナイゼナウとポツダムですが、こちらもドイツ海軍に買い取られ、空母への改造計画が持ち上がります。グナイゼナウが空母ヤーデ、ポツダムは空母エルベとなる予定だったのですが、空母の運用実績に乏しいドイツにとって、一般船の空母改造は難しかったらしく、結局空母改造は白紙に戻され、グナイゼナウは兵員輸送船、ポツダムはゴーテンハーフェン(現在のポーランド、グディニャ)港に係留されて宿泊船となりました。兵員輸送船のグナイゼナウは1943(昭和18)年5月2日、機雷に触れて沈没してしまいます。ポツダムは航海に出ない宿泊船だった為か生き残り、イギリスに賠償船として引き渡され、エンパイア・フォーウェイと改名されて兵員輸送船となった後、パキスタンの移民船を経て1976(昭和51)年に解体されています。

    戦争がなければ、この2組の三姉妹船は、欧州航路を舞台に能力を競うという「美少女」にふさわしい華麗な戦いを繰り広げていたのでしょうが……。それぞれ数奇な運命を辿っていますね。

    それにしても、美少女三姉妹として誕生し、戦争で空母へと変身を遂げるというストーリー、美少女擬人化兵器が山ほど登場する萌え系ミリタリー雑誌『MC☆あくしず』辺りで特集されてもいいような気もしますね。ライバルの金髪(?)美少女三姉妹として、シャルンホルスト・グナイゼナウ・ポツダムも登場するし……。問題は、特集ページのマスコットキャラとして、同時期のドイツ戦艦、シャルンホルストとグナイゼナウが「シャル&ゼナ」として登場しているので、名前がまぎらわしいことでしょうか。しかし船の持つストーリーは、キャラとして十分やっていけそうなので「元祖萌え擬人化船」として、いつか見てみたい気もしますね。

    (文:咲村珠樹)

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