レッドブル・エアレースの2018年開幕戦がアラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビで行われ、約5万人の観衆の中、アメリカのマイケル・グーリアン選手が2009年第4戦ブダペスト大会以来9年ぶり、通算2回目の勝利を挙げました。ディフェンディングチャンピオンとなる2017年総合王者、室屋義秀選手はわずかに及ばず2位。しかし開幕戦では初の表彰台となり、シリーズ連覇に向け、幸先の良いスタートとなりました。
■オーバーGの罠が潜むトラック
アブダビ大会のトラックは、基本的にはシケインとS字をバーティカルターン(VTM)とハイGターンで繋いだレイアウト。2015年から少しずつ改良が加えられており、難度が上がっています。レイアウト図ではシケインとS字は平行に見えますが、実際のレイアウトはバーティカルターンを行うゲート3を頂点とした三角形に近いもの。
ゲート3のバーティカルターンはもちろんのこと、今年はゲート6〜8のハイGターンが曲者。水平に通過するゲート7の存在で、2回に分けてターンせざるを得ず、しかもゲート7の位置が中間よりゲート6寄りになっているために、このターンが特にきつく、オーバーGが頻発しました。
■イワノフ選手に起きたアクシデント
開幕戦とあって、通常の大会よりも長めにトレーニングライトの日程が組まれていたアブダビ大会。オフシーズンの間に実施した機体の改修の結果を、実際のレーストラックを飛んで「答えあわせ」する貴重な機会であり、各選手とも様々なラインを飛んで試していました。バーティカルターンも、垂直に上がる方法と右斜め上に上がって高さを抑える方法の2種類があり、風の影響を排除してわずかに速くなるのは斜めに上がる方なのですが、操作が煩雑になるために、ミスをするとオーバーGやタイムロスにつながります。選手ごとのフライトスタイルや攻め方で、この選択は分かれました。
そんな中、ニコラ・イワノフ選手(フランス)にアクシデント発生。パイロン下部の白い部分にウイングレットが接触してしまい、ウイングレットが大きく破損してしまいました。
普段レースで飛行機が飛ぶ、黄色と赤で彩られた部分は「スピンネーカー」というコピー用紙よりも薄い生地でできており、接触しても容易に切れて機体にダメージを与えないようになっています。しかし、その下の白い部分は、パイロンを風に負けずに自立できるようにするため、厚手の「ターポリン」というトラックの荷台などを覆う丈夫な(上部に比べておよそ10倍の強度の)素材でできており、パイロン自立のために送り込まれる空気圧とあいまって固く、機体が接触すると大きなダメージを与えてしまうのです。エアゲートを高く飛ぶ反則では2秒のペナルティなのに対し、低く飛ぶといきなりDQ(失格)となってしまうのは、このようなエアパイロンの素材の違いにより、ぶつかると機体が破壊され、墜落する危険があるためです。
今回イワノフ選手はウイングレット先端が接触しただけでしたが、それでもウイングレットは砕け散り、主翼後縁が胴体にめり込むほどの衝撃を受けました。これによって主翼や胴体のエアフレームに大きな損傷を負ってしまい、その場での修理ができないために、主催者からチャレンジャーカップ用の予備機であるエッジ540V2(基本的に無改造)を借り受け、レースに出ることになりました。昨年まではチャレンジャーカップ用の機体が、搭載するエンジンの違うエクストラ330LXだったので、このようなことは不可能でした。ある意味、チャレンジャークラスの使用機がマスタークラスと同じエッジ540になったことで、このような措置が可能になった、といえるでしょう。
■予選を制したのはドルダラー選手
予選でトップとなったのは、2016年の年間王者、ドイツのマティアス・ドルダラー選手。ただひとり53秒を切る52秒795でした。2017年は今ひとつ調子を取り戻せないまま、苦しみぬいたシーズンを過ごしましたが、今回は機体の改修もうまく行ったようで、速さが戻ってきた感じです。2番手はこのところ安定した速さが目立っていたマイケル・グーリアン選手(アメリカ)で53秒392。わずかに遅れて53秒404で室屋選手が3位。4位にはマスタークラス2年目となるミカ・ブラジョー選手(フランス)が入り「Brand New Brageot(新生ブラジョー)」を印象付けました。また、年間王者争いの有力候補、マット・ホール選手(オーストラリア)は予選1回目のゲート6でオーバーG(12.04G)を記録してしまい、DNF(12G以上を記録するとDNFとなり、機体のエアフレームのダメージを調べるためにその日はフライトができない)となって予選最下位に沈みました。
■注目の対戦が揃ったラウンド・オブ14
ラウンド・オブ14では興味深い組み合わせが後半に並びました。ヒート4に室屋選手とマクロード選手(カナダ)、最終ヒート7にはドルダラー選手(ドイツ)とホール選手(オーストラリア)という2009年組同士の対戦が組まれたのです。そしてヒート5にはマルティン・ションカ選手とペトル・コプシュタイン選手のチェコ勢同士の対戦も。この2人は初対戦です。
ラウンド・オブ8に勝ち上がったのは、レース順にチャンブリス選手(アメリカ)、ブラジョー選手(フランス)、マーフィー選手(イギリス)、室屋選手、ションカ選手(チェコ)、グーリアン選手(アメリカ)、ホール選手(オーストラリア)。そしてファステストルーザーのルボット選手(フランス)。マクロード選手はバーティカルターンのゲート3で12.15G、ドルダラー選手は最後のハイGターンのゲート14で12.54Gを記録してしまい、DNF(ゴールせず)となってしまいました。
愛機をアクシデントで使えなくなり、主催者から無改造のエッジ540V2を借り受けて出場したイワノフ選手は、グーリアン選手に1秒867差まで迫る56秒168をマーク。無改造のエッジ540と、改造を加えたマスタークラスのレース機とでは、通常およそ3〜4秒のタイム差が開く(同じ機体を使ったチャレンジャークラスの優勝タイムは、フロリアン・バーガー選手の57秒073)のですが、速度感覚もまるで違う機体を巧みに操り、この差まで迫ったことで、イワノフ選手のすごさを見せつけるものとなりました。マクロード選手とドルダラー選手がDNFで記録なし、そしてボルトン選手がパイロンヒットで3秒加算、ベラルデ選手がオーバーG(10G以上12G未満)で2秒加算されてイワノフ選手のタイムを下回ったため、結果的にイワノフ選手は10位となり、1ポイントを獲得しました。レース後の談話で、イワノフ選手は
「幸いにも予備機に乗ってレースに参加することができた。飛ばせてくれた主催者に感謝したいよ。チャレンジャークラス用の機体なので、改造されてない状態で、自分用のセットアップはされていなかった。多分、自分が普段使っているレース機とは4秒くらい遅いと思っていたので、せめてマイク(・グーリアン選手)から2秒以内にまで詰められれば……というのが今日の目標だったんだ。遅かったけど、悪くない結果だったね。マイクにおめでとうと言いたいな」
と語っていました。たとえ他の機体より遅くとも、レースで飛べば何かが起こるということを改めて感じさせる出来事でした。
■実力伯仲のラウンド・オブ8
ラウンド・オブ8は僅差の争いが続きました。ヒート8・9はグーリアン選手とションカ選手が勝ち上がりましたが、どちらも0秒3未満の差。いい勝負でした。古豪チャンブリス選手とヒート10で対戦したマスタークラス最年少(30歳)のブラジョー選手は、プレッシャーがあったのかゲート7でロールを戻せず、インコレクトレベルで2秒加算。最終的にはそれ以上遅れてゴールして敗れました。ブラジョー選手、かなり悔しかったようで、レース直後にTwitterで「うわぁぁぁ!ペナルティで競技から脱落した(Arghhhh!!!!! A penalty puts us out of the competition)」とツイート。「ちょっとばかりロールしすぎちゃったね。もう少し安定感があれば……。でもまぁ、今年最初のレースとしては悪くない結果だと思うよ」と慰めると「まぁ、ひとまずポイントが取れただけでも上々」と気を取り直していました。
今年マスタークラスに昇格し、最初のレースとなった元イギリス空軍レッドアローズ隊長のベン・マーフィー選手(イギリス)と対戦した室屋選手は、チャンピオンの貫禄を見せて0秒879差で勝利。マーフィー選手の機体は、2015年まで室屋選手が使っており、ピーター・ポドルンシェク選手を経てマーフィー選手に受け継がれた機体ですが、ユニオンジャックを大胆にあしらった濃紺の主翼と胴体に赤い機首と水平尾翼、そして銀の主翼下面という、素晴らしいデザインに変わっています。
■9年ぶりの歓喜をもたらしたファイナル4
グーリアン選手、ションカ選手、チャンブリス選手、室屋選手(飛行順)が進出したファイナル4。まずはグーリアン選手が53秒695と、この日の最速タイムをマークします。ションカ選手、チャンブリス選手はこれを超えられず、残るは室屋選手。
最初のバーティカルターン終了時では、15秒232とわずかに遅れた室屋選手。ハイGターンでエネルギーロスの少ない旋回をして差を詰めようとしますが、ジリジリとタイム差が広がっていきます。最終的に53秒985でゴール。54秒は切ったものの、0秒290届きませんでした。
マイケル・グーリアン選手は2009年第4戦のブダペスト大会以来9年ぶり、通算2度目の優勝。柔和な笑顔でいつもファンに接するナイスガイが、久しぶりとなる勝利の喜びに酔いしれました。
記者会見でグーリアン選手は
「素晴らしいよ。チームごと月の向こうまで行っちゃったみたいだ。2つ目の勝利まで長い長い月日がかかったけど、素晴らしい気分だ。今週はずっと安定して非常に速い状態で飛べていた。予選でもレースでもエキサイトしていたけど、エキサイトしすぎないようにしていた。僕らは一歩ずつ、他のライバルより先んじようとして、少しずつ改良を加えてきた。今日、それがうまく行ったんだと思えるんだ。でも、けして本末転倒にはならないようにしないとね。ずっと安定していることが大事だし、レースに勝ちたいのは当然のことだけど、まずはファイナル4を狙うこと。そしてポイントを重ねて、ワールドチャンピオン争いに身を置き続けたいね」
と、喜びを語っていました。また、質疑応答では、司会を務めたスポーツキャスターのニック・フェローズさん(英語版の実況も担当)が「9年前のブダペスト大会以来、久々の勝利となりました。世界中のグーリアンファンを代表して祝福したいと思います。最初の質問ですが、なんでこれだけ我々は(あなたの勝利を)待たざるを得なかったんですか?」という言葉に
「しらない(笑)。自問自答もしてるんだけどさ、ニック(笑)。思うに、エアレースは非常に難しいスポーツで、パイロット個人の操縦技術だけじゃなくて、いい飛行機、そして後ろで支えてくれるチームも重要な要素になってるからじゃないかな。(ルール変更がされて再開された)この4年の間、僕らは相乗効果を求めて様々なことをやってきたんだ。飛行機について、チームメイトについて、何が大切か考えて、仕事の配分を変えたり、自分自身にかかるプレッシャーを克服したり……いろんなことをやって成長してきた。2017年から飛行機の状態も良くて、ラウンド・オブ8に安定して進出できていたから、あとはファイナル4への壁を破って、勝つだけ、という感じだったんだよ。だから今回のファイナル4では、チャンピオン争いに食らいつくために全力で飛んだ。それがいい方に出たんだと思うよ」
続いて「レースの時期はネットや携帯、パソコンから離れていたそうですが、レースが終わった後、レースエアポートで奥さんや家族と電話していましたね?」という問いには
「そう、これは君に『秘密だよ』って言っていたことだったけど、ナイジェル・ラム(2014年のチャンピオン)と僕の家で過ごしていた時に、彼が『レースに勝つためには、余計なものを排除して集中しないと。ネットの配線を抜いて、携帯もパソコンも使っちゃダメだ』って言うもんだから、それに従ってみたんだ(笑)」
チャンピオン争いについては
「なるべくファイナル4に残って、シーズン後半にチャンピオン争いができる位置につけられていたらいいね。僕も非常に頑張っているとは思うけど、マスタークラスに集っている14人のパイロットは、皆素晴らしいパイロット揃いなんで、どのレースでも、より高い水準で安定した飛行を続けないといけないと思ってる」
と語りました。
2位になった室屋選手は、記者会見でニックさんに「過去アブダビでは最高6位、去年はノーポイントに終わっていましたが、今日は強かったグーリアン選手の次という順位です。良かったんじゃありませんか?」と水を向けられ、
「(2位は)素晴らしい順位ですよ。ワールドチャンピオンになったけれども、レースで2位になったことはこれが初めてなので、2位のトロフィーをコレクションに加えられたのは非常に良かったと思いますよ(笑)」
と英語で答え会場を沸かせ、続けて
「レースについては、(決勝での)3回のフライトも全て安定していたんで、チームとしては満足いく順位ですね。しかしマイキー(マイケル・グーリアン選手)が素晴らしい仕事をやってのけてしまったので、(勝利には)手が届きませんでした。(次戦の)カンヌまでの間に飛行機に改良を加えて、フランスではなんとかマイキーに手が届くようにしようと思います」
と、次のカンヌ大会で、改良したエンジンカウリング等のパーツを投入することを示唆しました。また、ニックさんが「1万、いや10万人以上もの日本のファンがテレビ中継や現地で応援していますが、ディフェンディングチャンピオンとして、プレッッシャーなどはありませんか?」と問うと、
「プレッシャーの類は、僕を強くし、(パフォーマンスを)引き上げてくれるものだと感じています。去年戦ったマーティン(・ションカ選手)や、この大会で速かったチーム99のグーリアン選手、またマティアス(・ドルダラー選手)も速かったですし、年間チャンピオン争いは去年よりもっと僅差の、厳しい戦いになっていくと思います。そんな中、今回のこの結果は、連続でチャンピオンを狙うには、非常にいいスタートを切れたんじゃないかと思います。非常に満足してますよ」
という自信の答え。インタビューの最後には、ニックさんが「ディフェンディングチャンピオンとして今年の初戦に臨み、英語がどんどん上手くなっているヨシ・ムロヤでした!」と紹介して、また会場は温かい笑いに包まれました。
■レース後に待っていた意外な結末
表彰式や記者会見が終わった後、レースコミッティーから衝撃的な発表がありました。レース後に行われた機体検査(自動車のレースにおけるレース後の車検に相当する)で、3位に入ったションカ選手のエンジン点火タイミングが規定と異なっており、エンジンに関する改造を禁じた規定に違反したとして、ファイナル4のセッションをDQ(失格)とする裁定が下されたのです。エンジンには「エンジンモニタリング(EM)システム」として、様々な動作状態を測定する各種センサーが取り付けられており、リアルタイムでレースコントロールにデータが送信されています。その中には点火タイミングのモニターもあるので、そのデータに異常を感じ、重点的に測定した結果、明らかになったようです。
具体的には、エンジンの点火を行う電力を供給する「マグネトー」という機器による点火タイミングの角度が、規定値の圧縮上死点手前(BTDC)25度以内ではなく28度になっており、規定値より出力が上がるようになっていたというもの。ただし、ラウンド・オブ8とファイナル4は連続して行われるため、この間エンジンは整備・調整ができるほど十分に冷えず、手を加えるのは物理的に不可能です。そのためこれは意図的な違反ではなく、部品の摩耗など何らかの原因で偶発的にマグネトー内部の部品が動いて、結果として角度がずれてしまったのではないか、とレースコミッティーは考えているようです。
ファイナル4がDQになったことにより、ションカ選手は4位に。チャンブリス選手は3位に繰り上がりました。ションカ選手はTwitterで、次のように心境を吐露しています。
「まさかマグネトーがズレるとは思わなかった。でも、これからはフライトの前にちゃんとここも確認するし、起こりえないなんて思わないことにするよ。学びの代償としては痛すぎるけど……(次戦の)カンヌに向けて、もっと努力するよ!」
このことは他の選手のエンジンにも起こりうることなので、これからの対処法など、次のカンヌ大会までに何らかの方針がレースコミッティーから各チームに示されるものと思われます。
■次は初開催のフランス「映画の町」カンヌ
第2戦は4月21日・22日、フランス南部のカンヌで行われます。世界三大映画祭のひとつ、カンヌ国際映画祭が行われる町として知られるカンヌ。フランスでレッドブル・エアレースが開催されるのはこれが初めてです。現在マスタークラスに3人(イワノフ選手、ルボット選手、ブラジョー選手)、そしてチャレンジャークラスに2人(アストル選手、ヴィーニュ選手)と、パイロットの中で最大勢力を誇るフランス人にとって、待望のホームレースとなります。コート・ダジュールの風光明媚な海に設置されたレーストラックを駆け抜けるレース機を見るのが、今から楽しみですね。
見出し写真:Joerg Mitter / Red Bull Content Pool
(咲村珠樹)