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【うちの本棚】第二十五回 オーム伝/関 一彦

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「うちの本棚」、今回は幻のSF劇画『オーム伝』をご紹介いたします。

『オーム伝』は、昭和四十二年から四十三年にかけて光伸書房の「ハイ・コミックス」という新書版単行本で描き下ろされた、関 一彦の未完のSF漫画である。

  • タイトルは正確には『二十一世紀の日本 オーム伝』といい、このタイトルからも判るとおり、舞台は二十一世紀の日本であるが、その社会は資本主義や科学文明が進み、大企業や国家の重要な職務につくものは裕福だが、一般の労働者、ことに工業ロボットなどに職場を奪われた人々は、次に働く場所もなく、毎日の食料にも困窮する「貧民」階層として、社会から差別されている。

    この「貧民」の側に立ち、人々がみな平等な生活をおくれるようにと、その超能力を駆使して、社会と闘うのが、物語の主人公の一人、オームである。オームの正体は不明で、電気の抵抗を表すオームを、レジスタンスに引っかけ、ニックネームとしている。

    これだけで、この作品が白土三平の『忍者武芸帳 影丸伝』や『カムイ伝』をその手本としているのは明白であるが、それにもまして、作者・関 一彦は「この作品を手塚治虫氏と白土三平氏に捧げる 手塚氏からは手段を 白土氏からは方法を学んだ男より」という言葉を、物語を始める前に掲げている。

    第一巻の発行は、奥付によれば昭和四十二年の九月であるが、逆上って推察すれば、この年の前半に、この作品が描かれていたと思われる。そのころ『カムイ伝』はすでに前半の連載が終わっており、平等とはなんであるか、社会とは何であるかという問い掛けが一通り済んでいる。また『オーム伝』の、資本主義による支配階級と貧民という構図。貧民のために立ち上がる主人公という存在は『忍者武芸帳 影丸伝』を連想させる。

    『忍者武芸帳 影丸伝』における、忍者や忍法を、超能力・超能力者に置き換えてみたとき、それはなおさらハッキリとし、一方で社会における支配者と非支配者の対立、解放へのプロセスを読み取るのならば、これが時間と場所を置き換えた、関 一彦の『影丸伝』『カムイ伝』であるのは明らかである。

    関は第二巻のあとがきで、「20世紀の現実を見ると苦々しき事が実に多い。これでは日本はだめだ。その為には若い人たちに20世紀の悪を拡大して描きその現実のなかで、いかに生きるべきか、何をすべきかそんなものを作者は訴えたくて胸ふさがるおもい」であると述べている。

    残念ながら『オーム伝』は三巻までしか発表されず、未完となったが全6巻の未完部分のタイトル(予定)をみると、4巻「動乱の巻」5巻「ノバ爆弾の巻」6巻「フェニックス(不死鳥)の巻」とあり、その展開を想像する限り、関版『影丸伝』『カムイ伝』であったことを改めて確信する。

    ちなみに前述したような支配階級と差別階級という社会ドラマに、宇宙生物の来訪という要素が本作にはプラスされている。宇宙の犯罪者として設定された生物が、地球の支配を狙って支配階級にもぐり込んでいき、その宇宙犯罪者を追ってきた宇宙刑事との対決という、もうひとつのストーリーの流れもあったのだが、こちらは刊行された3巻ではほとんど謎のままとなってしまった。

    絵に関しても少し触れておくと、関の絵は、手塚、白土というより、さいとう・たかを風の劇画であった。全体として手塚や『カムイ伝』初期の白土風の表現と、その後現れたさいとう等の劇画の中間という感じではある(もちろん、さいとう・たかを等の劇画系作家たちも当初は手塚的な絵柄からスタートしていたので、その意味では関の画風も作品発表当時としては特出したものではなかったかもしれない)。とはいえ、シャープな線とスピード感ある展開は、もっと評価されていい作家だったと、この点でも残念である。

    また作品発表当時、超能力の表現については各漫画家たちが模索していたともいえ、関はここでも白土三平の忍術表現を超能力の表現として活用していた(分身の表現などは『サスケ』そのままという印象もあるが…)。

    超能力について付け加えておくと、関は能力を発揮できる人間にはもともと持っているポテンシャルがあるとしている。そのポテンシャルを伸ばし強くすることで超能力を発揮できるようになるという考えなのだが、この「ポテンシャル」という言葉は関以外に使われた記憶がない。人間の潜在能力を引き出すということについては石森章太郎も各作品で表現していたので、根本的な考え方は同じだと思うのだが、関が用いた「ポテンシャル」は残念ながら広まらなかった。

    光伸書房は大阪の貸本出版社の別会社で、貸本の衰退から新書判コミックスに進出するために立ち上げられたと思われる。「ハイコミックス」はその主ブランドで貸本からの流れで劇画系作品を多く出していたようだ。

    昭和四十年代前半はこういった新書判コミックスの出版が相次ぎ、少年マンガ誌に連載された作品が手軽な新書判で刊行されるようになり、雑誌のブランドで新書判単行本のシリーズも誕生してきたころである。結果的に大手出版社の雑誌連載作品が単行本になるという流れにつながっていき、「ハイコミックス」のような描き下ろし作品は消えていってしまう。『オーム伝』が全6巻を予定しながら3巻で刊行が止まってしまったのはそういった状況とも関係していたのだろう。

    また貸本や書き下ろし単行本を主としていた漫画家たちも雑誌掲載を主にしていくわけだが、週刊化したマンガ雑誌のペースなどに抵抗があるなどして、そのまま筆を折った漫画家も少なからずいたようだ。関もそんなひとりに数えられる。

    初出/光伸書房・ハイコミックス(全6巻中3巻まで刊行)書き下ろし
         都市・続編連載第1回のみ

    ■ライター紹介
    【猫目ユウ】

    ミニコミ誌「TOWER」に関わりながらライターデビュー。主にアダルト系雑誌を中心にコラムやレビューを執筆。「GON!」「シーメール白書」「レディースコミック 微熱」では連載コーナーも担当。著書に『ニューハーフという生き方』『AV女優の裏(共著)』など。

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  • 猫目 ユウWriter

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    フリーライター。ライター集団「涼風家[SUZUKAZE-YA]」の中心メンバー。
    『ニューハーフという生き方』『AV女優の裏(共著)』などの単行本あり。
    女性向けのセックス情報誌やレディースコミックを中心に「GON!」等のサブカルチャー誌にも執筆。ヲタクな記事は「comic GON!」に掲載していたほか、ブログでも漫画や映画に関する記事を掲載中。
    本コラム「うちの本棚」は作者・テーマ別にして「ブクログのパブー」から電子書籍として刊行しています。
    また最近は小説の執筆に力を入れています。
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