毎度脳みその無駄遣いをご提供させていただいております「無所可用、安所困苦哉」でございます。今回はワタシが脳みその無駄遣いの楽しさを実感した、別役実のエッセイについてご紹介させていただきます。
別役実さんは劇作家です。1937年4月6日旧満州生まれ、サミュエル・ベケットの影響を受けた、不条理劇の戯曲を多く書かれていらっしゃいます。
何度も上演を見に行きましたが、不条理劇だけあってなんだかよくわからない結末に至る劇も多くありました。ちなみにイラストレーターのべつやくれいさんは娘さんです。
戯曲とは別にエッセイや童話も多数書かれています。私が最初に別役実作品とであったのは中学の教科書に載っていた「空中ブランコ乗りのキキ」でした。不条理童話とでもいいましょうか、不思議な読後感になったものです。
珍しい姓も印象に残り、あるとき、書店で別役実の本に出会います。その本のタイトルは
「虫づくし」。
水虫、たむしに始まり、蟻、いもむし、かたつむり、オドリバエなどについての「考察」が繰り広げられますが、そのほとんどが「わけがわからないよ」です。なかでもすごいのは「きくむしについての考察」です。騒音対策に虫を開発するお話です。騒音が存在するのは、人間が聞く前にその騒音を聞いてしまう存在が無いからだ、と、体の数万倍の容量を「聞く」能力を持っている虫に聞かせてしまう、というのです。
虫づくしを読んだときには、「いままでに全く読んだことのない種類の文学」であることを感じました。しかも分類では「エッセイ」となっており、また早川文庫からの刊行だったのですが、ノベルではなく「ノンフィクション」であるハヤカワNF文庫に入っておりました。ノンフィクション???、いやこれ、簡単に言えば「ほら話」でしょう(笑)。
その後、探してみると、「けものづくし」「鳥づくし」が刊行されていることがわかりました。「けものづくし」のあとがきには、原稿依頼の際に「どんなでたらめを書いてもいいですから」と言われた、と書かれています。虫づくしをふまえてのけものづくしだったのは間違いないところのようで、やはりでたらめなんだなぁと思いました。だがそこがいい。ほら話もここまで徹底してやれば立派な文芸作品、という感じでした。
そしてもちろん「けものづくし」「鳥づくし」も読みました。そのホラにはさらに磨きがかかり、一気に読んでしまえます。そうしているうちに、平凡社刊行の「アニマ」という動物雑誌にて、「さかなづくし」が連載されていることを知り、定期購読することに。さらには科学雑誌「科学朝日」にもシリーズが連載されました。ノンフィクションを超えて科学雑誌に進出!でもたいがいはほら話なのに……。
その後、テーマは病気、人体臓器、妖怪、道具、商売、さんずいなど、あらゆるものに広がっていきました。当然、すべてそろえて読んでいます。
「づくし」は付いていませんが、「日々の暮らし方」という本もすごいです。全編が「正しい**の仕方」というタイトルで統一されています。正しい笑い方、正しい座持ちの仕方、正しい電信柱の登り方、正しい死刑の仕方、などなど。これと「暮らしの手帖」があれば、日々の暮らしは問題なしです。
話を戻して、「虫づくし」のおもしろさについて、ちょっと掘ってみましょう。
各話には、すべて「註」が付いています。この「註」の使い方が秀逸です。なんとも読み応えのある「註」です。本文にネタを入れられないときはこうするのだということを覚えました。
かぎ括弧の使い方。これはもう、ワタシのこの「無所可用」では多分に影響を受けています。このコラムを読んでくださっている方にはわかってしまうと思います。
言葉遣い。独特な言葉遣いをします。文章で伝えることは難しいのですが、日本語のあいまいさを弄ぶような言葉遣いが随所にあります。
前述の「きくむし」以外にも、もう一つ例をあげましょう。「こおろぎについての考察」です。
ここでの話は、「こおろぎ」が、どうして「こおろぎ」と呼ばれるのか、ということについて、です。「こ」「おろぎ」であり、「こ」=小さい、ととらえられることから、「おろぎ」のちいさいものを「こおろぎ」としたのだ、という説と、「こお」と「ろぎ」である、とする説が拮抗。さらに「ろぎ」が「低地チベット語で音を意味」することがわかると、では「こお」は何だ、ということで論争になり、内部対立は内ゲバを引き起こし……。あれ?科学はどこ行った?というか、なんで低地チベット語??という展開です。
こういう文章を受け付けない人に言わせると、「ただの屁理屈」で片付けられてしまいがちです。しかし、おたく的趣味を楽しむ私たちは、こういうものは楽しく受け入れられると思います。ぜひ一度、楽しんでいただければ、と思います。
後日談。「日々の暮し方」は、神保町の三省堂にて著者サイン本を入手しました。「虫づくし」は、幻と言われている、烏書房刊行の初版本を、神保町の古書店で入手しました。烏書房版の「虫づくし」は、時代を感じさせる装丁も、本の雰囲気を怪しく盛り上げてくれています。
■ライター紹介
【エドガー】
鉄道、萩尾望都作品、ポール・スミス、爬虫類から長門有希と興味あるものはどこまでも探求し、脳みその無駄遣いを楽しむ一市民。そのやたら数だけは豊富な脳みその無駄遣いの成果をご披露させていただきます。