おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

【無所可用】第28話 高度なほら話の世界へどうぞ~別役実のエッセイのおはなし~

update:

別役実のエッセイのおはなし毎度脳みその無駄遣いをご提供させていただいております「無所可用、安所困苦哉」でございます。今回はワタシが脳みその無駄遣いの楽しさを実感した、別役実のエッセイについてご紹介させていただきます。

別役実さんは劇作家です。1937年4月6日旧満州生まれ、サミュエル・ベケットの影響を受けた、不条理劇の戯曲を多く書かれていらっしゃいます。


  • 何度も上演を見に行きましたが、不条理劇だけあってなんだかよくわからない結末に至る劇も多くありました。ちなみにイラストレーターのべつやくれいさんは娘さんです。

    戯曲とは別にエッセイや童話も多数書かれています。私が最初に別役実作品とであったのは中学の教科書に載っていた「空中ブランコ乗りのキキ」でした。不条理童話とでもいいましょうか、不思議な読後感になったものです。

    珍しい姓も印象に残り、あるとき、書店で別役実の本に出会います。その本のタイトルは

    「虫づくし」。

    水虫、たむしに始まり、蟻、いもむし、かたつむり、オドリバエなどについての「考察」が繰り広げられますが、そのほとんどが「わけがわからないよ」です。なかでもすごいのは「きくむしについての考察」です。騒音対策に虫を開発するお話です。騒音が存在するのは、人間が聞く前にその騒音を聞いてしまう存在が無いからだ、と、体の数万倍の容量を「聞く」能力を持っている虫に聞かせてしまう、というのです。
    虫づくしを読んだときには、「いままでに全く読んだことのない種類の文学」であることを感じました。しかも分類では「エッセイ」となっており、また早川文庫からの刊行だったのですが、ノベルではなく「ノンフィクション」であるハヤカワNF文庫に入っておりました。ノンフィクション???、いやこれ、簡単に言えば「ほら話」でしょう(笑)。

    本いろいろ

    その後、探してみると、「けものづくし」「鳥づくし」が刊行されていることがわかりました。「けものづくし」のあとがきには、原稿依頼の際に「どんなでたらめを書いてもいいですから」と言われた、と書かれています。虫づくしをふまえてのけものづくしだったのは間違いないところのようで、やはりでたらめなんだなぁと思いました。だがそこがいい。ほら話もここまで徹底してやれば立派な文芸作品、という感じでした。
    そしてもちろん「けものづくし」「鳥づくし」も読みました。そのホラにはさらに磨きがかかり、一気に読んでしまえます。そうしているうちに、平凡社刊行の「アニマ」という動物雑誌にて、「さかなづくし」が連載されていることを知り、定期購読することに。さらには科学雑誌「科学朝日」にもシリーズが連載されました。ノンフィクションを超えて科学雑誌に進出!でもたいがいはほら話なのに……。
    その後、テーマは病気、人体臓器、妖怪、道具、商売、さんずいなど、あらゆるものに広がっていきました。当然、すべてそろえて読んでいます。

    「づくし」は付いていませんが、「日々の暮らし方」という本もすごいです。全編が「正しい**の仕方」というタイトルで統一されています。正しい笑い方、正しい座持ちの仕方、正しい電信柱の登り方、正しい死刑の仕方、などなど。これと「暮らしの手帖」があれば、日々の暮らしは問題なしです。

    話を戻して、「虫づくし」のおもしろさについて、ちょっと掘ってみましょう。
    各話には、すべて「註」が付いています。この「註」の使い方が秀逸です。なんとも読み応えのある「註」です。本文にネタを入れられないときはこうするのだということを覚えました。
    かぎ括弧の使い方。これはもう、ワタシのこの「無所可用」では多分に影響を受けています。このコラムを読んでくださっている方にはわかってしまうと思います。
    言葉遣い。独特な言葉遣いをします。文章で伝えることは難しいのですが、日本語のあいまいさを弄ぶような言葉遣いが随所にあります。
    前述の「きくむし」以外にも、もう一つ例をあげましょう。「こおろぎについての考察」です。
    ここでの話は、「こおろぎ」が、どうして「こおろぎ」と呼ばれるのか、ということについて、です。「こ」「おろぎ」であり、「こ」=小さい、ととらえられることから、「おろぎ」のちいさいものを「こおろぎ」としたのだ、という説と、「こお」と「ろぎ」である、とする説が拮抗。さらに「ろぎ」が「低地チベット語で音を意味」することがわかると、では「こお」は何だ、ということで論争になり、内部対立は内ゲバを引き起こし……。あれ?科学はどこ行った?というか、なんで低地チベット語??という展開です。

    こういう文章を受け付けない人に言わせると、「ただの屁理屈」で片付けられてしまいがちです。しかし、おたく的趣味を楽しむ私たちは、こういうものは楽しく受け入れられると思います。ぜひ一度、楽しんでいただければ、と思います。

    後日談。「日々の暮し方」は、神保町の三省堂にて著者サイン本を入手しました。「虫づくし」は、幻と言われている、烏書房刊行の初版本を、神保町の古書店で入手しました。烏書房版の「虫づくし」は、時代を感じさせる装丁も、本の雰囲気を怪しく盛り上げてくれています。

    サイン

    ■ライター紹介
    【エドガー】

    鉄道、萩尾望都作品、ポール・スミス、爬虫類から長門有希と興味あるものはどこまでも探求し、脳みその無駄遣いを楽しむ一市民。そのやたら数だけは豊富な脳みその無駄遣いの成果をご披露させていただきます。

    あわせて読みたい関連記事
  • 給油口の位置が運転席から分かるって知ってた? 意外と知らないドライバーのための豆知識
    ライフ, 雑学

    車に潜む「モイランの矢」って知ってる? 給油口の位置を示す小さな矢印

  • 学生時代の“謎文化”が続々集結!「○○してたら恋人募集中」アンケート結果まとめ
    ライフ, 雑学

    学生時代の“謎文化”が続々集結!「○○してたら恋人募集中」アンケート結果まとめ

  • “視える世界”を歩く 霊能者監修「視える人には見える展 -零-」体験レポ
    オカルト・ミステリー, 雑学

    “視える世界”を歩く 霊能者監修「視える人には見える展 -零-」体験レポ

  • 男も日傘を差す時代へ アラフォー男性が1年日傘を使って感じたメリット
    ライフ, 雑学

    男も日傘を差す時代へ アラフォー男性が1年日傘を使って感じたメリット

  • イルカは「体当たりされるだけでやばい、でかい野生生物」
    ライフ, 雑学

    「イルカ=友好的」は間違い!元水族館職員の絵本作家が伝えたい“危険性”

  • ワクチン誤情報で命が失われた? 東京大学などが明らかにした「もしも」の世界(画像:PhotoAC)
    社会, 雑学

    ワクチン誤情報で命が失われた? 東京大学などが明らかにした「もしも」の世界

  • 詐欺電話に“うっかり出た”読者の実体験 あなたの不安に付け入る手口とは(画像:PhotoACより)
    社会, 雑学

    詐欺電話に“うっかり出た”読者の実体験 あなたの不安に付け入る手口とは

  • 画像:筑波大学発表プレスリリースより
    社会, 雑学

    ツクツクボウシの「合の手」に規則性 筑波大が発見

  • 汚れたサクラクレパスのお手入れ方法を公式が指南 巻紙は無料印刷も可能
    季節・行事, 雑学

    汚れたサクラクレパスのお手入れ方法を公式が指南 巻紙は無料印刷も可能

  • 不動産営業マン直伝、訳ありの「事故物件」をネット上で探す方法
    ライフ, 雑学

    不動産営業マン直伝、訳ありの「事故物件」をネット上で探す方法

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • 毛玉とるとる Pro(KC-NW825)
    商品・物販, 経済

    ストッキングやタイツも可の毛玉取り器誕生 マクセルイズミ「毛玉とるとる Pro」…

  • キヤノンの名機が「ガシャポン」で復活 歴代カメラ5種を精密ミニチュア化
    商品・物販, 経済

    キヤノンの名機が「ガシャポン」で復活 歴代カメラ5種を精密ミニチュア化

  • 時事通信、男性カメラマンを厳重注意 生配信中に「支持率下げてやる」発言
    社会, 経済

    時事通信、男性カメラマンを厳重注意 生配信中に「支持率下げてやる」発言

  • ゴロっとチキンのカレーナポ
    商品・物販, 経済

    パンチョ初の人気投票1位「カレーナポ」が進化 期間限定で復刻登場

  • 山崎賢人さんと坂口憲二さん(※山崎賢人さんの崎の字は正しくは「たつさき」です)
    イベント・キャンペーン, 経済

    サントリー生ビール新CMメイキング公開 山崎賢人ら“生ひげ”姿で掛け合い

  • なか卯に「黒トリュフ薫る きのこ親子丼」が期間限定で発売
    商品・物販, 経済

    なか卯に「黒トリュフ薫る きのこ親子丼」が期間限定で発売

  • トピックス

    1. 丸山製麺が「ラーメン大好き小泉さん」とコラボ!小麦麺使用の新感覚「らーめん缶」を実食

      丸山製麺が「ラーメン大好き小泉さん」とコラボ!小麦麺使用の新感覚「らーめん缶」を実食

      丸山製麺が10月6日から、人気ラーメン漫画「ラーメン大好き小泉さん」とコラボした「らーめん缶」を、東…
    2. これでもう怒られずにすむ? 息子が作った「ママの攻略本」の実力は

      これでもう怒られずにすむ? 息子が作った「ママの攻略本」の実力は

      親に怒られてしまった子どもが、その後に取る態度はさまざまです。落ち込む子もいれば、しっかり反省する子…
    3. 警告ポップアップで強引に広告誘導 悪質業者が仕掛ける正規サービスを悪用した罠

      警告ポップアップで強引に広告誘導 悪質業者が仕掛ける正規サービスを悪用した罠

      インターネットを使っていると、ふとした瞬間に現れる「警告ポップアップ」。 近ごろでは「サポート詐欺」…

    編集部おすすめ

    1. 毛玉とるとる Pro(KC-NW825)

      ストッキングやタイツも可の毛玉取り器誕生 マクセルイズミ「毛玉とるとる Pro」を発売

      マクセルイズミ株式会社は、ストッキングやタイツなどの繊細な衣類にも対応する毛玉取り器の新モデル、「毛玉とるとる Pro(KC-NW825)」…
    2. キヤノンの名機が「ガシャポン」で復活 歴代カメラ5種を精密ミニチュア化

      キヤノンの名機が「ガシャポン」で復活 歴代カメラ5種を精密ミニチュア化

      キヤノンが、バンダイの「ガシャポン」とコラボレーション。歴代のカメラとレンズをミニチュア化した「Canon ミニチュアカメラコレクション」を…
    3. 時事通信、男性カメラマンを厳重注意 生配信中に「支持率下げてやる」発言

      時事通信、男性カメラマンを厳重注意 生配信中に「支持率下げてやる」発言

      時事通信社は10月9日、自民党本部での取材中に「支持率下げてやる」などと発言した本社映像センター写真部の男性カメラマンを厳重注意したと発表し…
    4. 「ちいかわの世界に行きたい」ファン、考えた末に鎧さん化 再現度がガチすぎた

      「ちいかわの世界に行きたい」ファン、考えた末に鎧さん化 再現度がガチすぎた

      言わずと知れた人気コンテンツ「ちいかわ」。かわいくもハードなあの作品世界に入っていきたいと願う人は多いはず。筆者もその1人です。しかし二頭身…
    5. ネカフェの個室に不気味なトランプが……Xユーザーの“恐怖体験”に17万いいね

      ネカフェの個室に不気味なトランプが……Xユーザーの“恐怖体験”に17万いいね

      キーボードに差し込まれたトランプのジョーカーと、その裏に書かれた「げぇむすたあと」の文字。Xユーザーの「たーけ」さんが、たまたま入ったネット…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト