「海上自衛隊の歌姫」こと、海上自衛隊東京音楽隊の三宅由佳莉3曹が人気になっていますが、コンサートで熱唱する写真を見て、誰が撮っているんだろうと思ったことはありませんか? 音楽隊のコンサートをはじめ、海賊対処や災害派遣など、様々な活動を伝えるものとして海上自衛隊から提供される写真や映像を撮影しているのは、実は同じ海上自衛隊員。写真やムービー撮影を任務とする、通称「写真員」という人々です。いわば「自衛隊所属のプロカメラマン」。今回はその写真員を養成する学校をご紹介しましょう。
写真員を養成するコースが設けられているのは、千葉県柏市にある海上自衛隊第3術科学校。哨戒機P-3Cの乗員を養成する下総航空基地内にあり、主に航空機や航空基地に関係する要員を養成する学校です。
ここで、なぜ海上自衛隊にカメラマンがいるのか、そして航空関係の学校で養成されているのかについて、少々ご紹介しましょう。
写真員の歴史は、海上自衛隊の草創期から始まります。元々写真員は、航空機による「航空写真偵察」における要員として誕生しました。上空から写真を撮影し、何か脅威になるものがないかを確認するという任務です。史料室には、かつて教育で使われていた航空写真機が展示されています。
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ひときわ大きいドイツ製の航空写真機は、国土地理院で航空測量用としても使われていた比較的ポピュラーなもの。高精細な写真を必要とする為に原版のサイズも大きく、縦横23cmもあります。小型のものは写真の世界で「シノゴ」と呼ばれる4インチ(10.16cm)×5インチ(12.7cm)という画面サイズ。重さも数kgあり、これを持って撮影するのは大変ですね。
航空部隊と共に活動する機会が多いので、養成機関も航空関係と同じ場所で……という経緯なのですね。
しかし現在では機器の進歩や任務内容の変化もあり、主に航空機から撮影を行うのは搭乗している武器員だとか。写真員は広報や隊内で必要とされる各種写真・ムービーを手がけるなど、より広範な任務へと内容が変化しています。航空機はもちろん艦艇、さらに南極や海外の演習や災害派遣など、海上自衛隊が活動する全てのフィールドに写真員の姿があるといっても過言ではありません。
第3術科学校の写真科では、部下の写真員を指揮して任務を達成させる「幹部専修科写真課程」、写真やムービーの制作などを現場で行う海曹士向けの「海曹士専修科写真課程」「海曹士専修科ムービー課程」が設置されており、それぞれ経験豊富な教官が少数精鋭の学生に対して指導を行っています。教場内に掲示されたポスターに
「写真業務は誰にでもできる仕事じゃない! 誇りを胸にシャッターを切れ!」
という写真員としての矜持を示す言葉があったのが印象的でした。この職業意識は結構重要です。
教場にはスタジオや暗室があります。スタジオライティングはやればやるほど奥の深いものなので、みっちり学んでおくと「光の振る舞い」をより理解できて、屋外撮影にも応用が利くんですよね。現在写真員の取り扱う器材はほとんどデジタル化されているのですが、一部フィルムを使用しての業務がある為に、必ず銀塩写真も教えています。
暗室に入ると、停止液に使う酢酸や現像液の匂いが染み付いていて、キレイに整頓されているのですがほんのり香ってきます。引伸機や竹ピンセット、フィルム用の現像タンクなど、見慣れた暗室用品を見ていると思わず学生時代を思い出して懐かしい気持ちになりました。
デジタル化された写真やムービーを取り扱うパソコンも。画像・ムービー編集用のソフトは、勤務場所が変わっても困らないように、全国でおおむね同じものが使われているとか。ただ、毎回バージョンアップするだけの予算は取れないので、我々民間で使われているものよりは古いものになっているそうですが……。毎年のようにバージョンアップするソフトもあるので、教材の更新はデジタル時代になって大変そうです。
教育は理論を学ぶ座学もありますが、即戦力となる写真員を養成する為、実習を重視しています。写真員の実務に即し、実際にあり得る撮影テーマを設定して、学生に撮影から作品制作までを行わせ、それを教官が評価して次の課題へ……というサイクル。この学校の内部だけでなく、同様の任務を持つ自衛隊の部隊(陸上自衛隊の第301映像写真中隊など)や、民間の施設へ出て、幅広く知識や技能を習得することもあるそうです。
廊下や階段には写真員による作例も展示されています。自衛隊全体で行われる全自衛隊美術展で、最上位の賞に入賞した作品も。
取材にお邪魔した時は、第2501期海曹士専修科写真課程の学生が実習中。同じ第3術科学校にある施設科課程の学生実習を記録し、まとめるという作業をしていました。
担当教官は、第3術科学校写真科に来て6年目の鈴木3曹。学生の主体性を基本にしつつ、的確なタイミングでアドバイスを送っていました。
教官が重視しているのは「自分の作品を作る」のではなく、依頼の内容に応じて「求められているもの」を的確に把握し、撮影するということ。自分中心ではなく、依頼者の意をくんだ写真やムービーを撮るという、プロとしての心構えを伝えているとのことでした。だからこそ、実習では「◯◯の依頼で◯◯を作成する」という具合に細かくシチュエーションやテーマを設定し、撮影をさせるのだとか。
撮影実習では、まだ撮影経験の浅い学生が、限られた構図やカメラポジションで撮影していることがあったりするそうです。そういう時は「ここから撮っても面白いんじゃない?」などと、学生の創作意欲を摘まないよう留意しつつ「別の視点」をさりげなく助言するとか。「指導」ではあっても「指示」にならないようなさじ加減は、なかなか難しいところですね。
職務上、写真の任務がある為この専修課程に入ったという海士長の学生さんは、それまで写真は携帯で撮る程度でカメラを持っての本格的な撮影は初めてだったとか。自分の意図でもって様々な写真が撮れるのが新鮮だったそうです。
「携帯では『写る』って感じですけど、カメラは自分の意思で『撮る』って感じですね」
世の中にあふれる様々な写真をただ見るだけでなく、どう撮ったのか、というカメラマン目線で見るようにもなったといいます。現在はスナップショットなど、自分で被写体を見つけながら撮影する手法が得意だそうで、将来は海外派遣の記録や、ヘリコプターに乗っての空撮などをしてみたいとか。
電測員(レーダーなどの情報を取り扱う職種)から転じ、この専修科課程に入校したという2曹の学生さんは、以前ヘリコプター部隊に所属していた際、写真撮影の任務を行ったことがあったそうです。その時は知識も乏しく、経験も浅かったので、撮影に関してなかなか応用が利かなかったこともあったそうですが、改めてこの課程で基礎から学ぶことによって応用の仕方が判るようになり、当時どうすれば良かったのかが理解できたといいます。また、デジタルと違ってその場で結果が判らない、フィルムによる銀塩写真を経験したことにより、一枚一枚の撮影を大切に行うようにもなったとか。結構大胆な性格で、カメラを持つと撮影に集中するあまり「ズンズン行ってしまう」そうで、時折「それ以上行くと危険だぞ」とたしなめられることもあるそうですが、将来は八戸基地の第2航空隊が行っている、P-3Cによる海氷観測の撮影をしてみたいと希望を語ってくれました。
養成課程を修業し、写真員として配属されると、部外用の広報写真をはじめ、任務やイベントの記録撮影などを行います。見えないところでは、身分証明書用の写真や艦内などに掲示される隊員の肖像写真なども。
また、艦艇や施設に掲示される啓発用や、隊員の士気を高めるポスターの制作なども行います。階段には第3術科学校の学生達が参加した自衛隊記念日観閲式のポスターもありました。
海上自衛隊はFacebookのページやYouTubeの公式チャンネルを持っており、そこで各地の写真員が撮影・制作した写真やムービーを見ることができます。海上自衛隊公式カメラマンによる数々の力作、ぜひご覧になってくださいね。
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■取材協力:防衛省 海上幕僚監部 広報室・海上自衛隊第3術科学校