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ロービジョンの症状は人それぞれ 当事者の漫画家が「ありえない」レビューに異例の意見表明

 何らかの原因により視覚に障害を受け「見えにくい」「まぶしい」「視野が狭い」など、日常生活に支障のある状態を示す「ロービジョン」。

 そのロービジョン主人公を描くWEB漫画に「障害の描写がありえない」とのレビューが寄せられ、自身もロービジョンである作者がSNSで意見表明して注目されています。作者に思いをうかがいました。

  •  ロービジョンの女性を主人公にした、ばにー浦沢さんの恋愛漫画「見えない私の恋は不自由。」。WEB漫画サイト「めちゃコミック」で連載中されている作品です。

     主人公の塔子は、遺伝性の強度近視から視野が狭まる視野狭窄となった上、眼鏡やコンタクトレンズで視力が矯正できなくなる弱視になった女性。全盲ではない視覚障害、いわゆる「ロービジョン」の状態です。


     ある日塔子は、取引先のデザイナーとして、高校時代の後輩である鈴本祐月と再会。過去を知る祐月は、ロービジョンとなった塔子の感覚を理解してくれ、徐々に2人はひかれ合うようになっていきます。

     WEB漫画ということもあり、サイトにはレビューページがあり、作品を読んだ人が感想を書き込むことができます。

     その中で「眼科に勤めてる」という方から「作者さんはちゃんと目の病気の事調べて分かった上で漫画かいてるのでしょうか?適当に良いように描くのは、本当に病気の方にも失礼だしあまり良い気持ちはしませんでした」とのレビューが、2020年8月24日付で書き込まれました。

     これに対し、作者のばにー浦沢さんは2020年9月5日、自身のTwitterにて「本来レビューについて作者であるわたしがこのように口を挟むのは良いことではないと思いますが、これに関してはわたしがこの作品を描く趣旨を阻害しかねないものなので言わせて頂きます」として意見を表明。自身が視覚障害2級のロービジョンと明らかにした上で、主人公の症状は「わたし自身の症状と同一のものです」と告白したのです。

     ばにー浦沢さんにお話をうかがうと、元々遺伝性の強度近視だったもののコンタクトレンズでの矯正が可能だったので、社会人になるまでは問題なく過ごせていたとのこと。医学的に「弱視」というのは、適切に矯正しても視力が1.0に満たないものを指しますから、この時点では健常者でした。

     しかし、コンタクトレンズの処方で通院していた眼科では、眼底の状態が良くなく、網膜の厚みも薄いため将来合併症が起こる危険性が高いと言われていた浦沢さん。ある時期に薄い網膜が破れて穴が開き、同時期にすでに患っていた白内障が悪化して手術を経験しました。

     白内障の手術で挿入された眼内レンズで視力は回復したものの、網膜の状態は悪化し続けて視野が狭くなり、身体障害者手帳を交付されました。最初は5級(両眼による視野の2分の1以上が欠けているもの)でしたが、現在は2級(視力の良い方の目の視力が矯正して0.04かつ他方の視力が手動弁以下のもの/周辺視野角度の総和が左右眼それぞれ80度以下かつ両眼中心視野角度が28度以下のもの)となっているそうです。左目は視力が出ず、中心視野が欠けているため、ほとんど使っていないとのこと。

     漫画の執筆作業については、以前はペン入れまでアナログだったそうですが、自分の描いているものが見えなくなったので、画面上で自在に拡大できるデジタル作画に全面的に移行したとのこと。ただ、作中の塔子のように日によって見え方にバラつきがあり、主治医からも目を酷使しないように注意されているので1日の作業時間は限られ、休憩を挟みつつ午前中から夕方くらいまでが目の限界だそうです。

     作中の塔子の症状(見え方)を自身と形にした理由は「視覚障害の症状はその病因も含めて千差万別で、似た症状や同じ障害等級であってもその原因や経緯、見え方は本人にしか分かりません。私に分かるのは私の症状だけですし、実際それが一番リアルに書く方法だと思いました」とのこと。ただし「私の症状を完全にそのまま使うのでは複雑すぎて無理な部分がありますので、多少単純にして表現しています」と、本当なら見えないはずの「視界の外」を描くことで塔子の視野を表現するなど、漫画なりのアレンジは加えているそうです。

     この「見えない私の恋は不自由。」は、あくまでも「恋愛漫画」であり、ロービジョンというのは主人公の一部に過ぎないので「視野が欠けている、狭い」ということが伝わればいいとして、設定をシンプルにしている、という浦沢さん。しかし作中には、塔子がロービジョンであることを感じさせる描写も散りばめられています。たとえば3Dの映画が分からない、という場面では、片方の目が使えず両眼視できないという症状によるもの。

     恋愛漫画というジャンルは、必ず2人を阻む「障害」と、互いの感覚の違いをいかに埋め、心が近づいていくか……という道のりがつきもの。「見えない私の恋は不自由。」では、それが主人公・塔子の視覚障害であり、祐月や周囲の人々が塔子の症状をいかに理解し、共感していくかという要素になっているわけです。

     厚生労働省が厚生省時代の1951(昭和26)年から、5年に1度実施している「身体障害児・者等実態調査」の2006(平成18)年次調査結果によれば、視覚障害者のうち1級(視力の良い方の目の視力が矯正しても0.01以下のもの)は全体の3分の1。また、1級と判定されても全盲(医学的に光も感じない状態)ではない人もいるため、視覚障害者は全盲ではない「ロービジョン」の人が多くを占めていることが分かります。また、年齢ごとの分布を見ると65歳以上が全体の60%を占め、加齢とともに障害者となっている傾向も。

     浦沢さんは、感覚の共有は難しいとした上で、それでも「見え方がいわゆる普通とは異なる人がいて、そういう人も視覚障害者だということを知っていただきたいというのが、この作品を描きたいと思った理由です。このような企画は、なかなか取り合ってもらえない中、奇跡的にGOサインが出て描き始めることができました。企画を通してくださった編集部ほかの皆さんには感謝しかありません」と、作品執筆の動機を語ってくれました。

     今回、ご自身も「反則行為」としたTwitterでの異例の意見表明については、レビューの投稿者が「眼科に勤めている」という前置きで「ちゃんと目の病気の事調べて分かった上で漫画かいてるのでしょうか?」とした点が、作品に込めた思いを完全に否定したものだったから、と浦沢さんは意図を説明してくれました。

     浦沢さんは「真偽はともかく、眼科という専門分野に携わる身分を明記した上でそれをされては、ロービジョンという言葉すらご存知ない方々が、そのレビューの言葉とフィクションである漫画の内容のどちらを信じるかは、簡単に想像がつくのではないでしょうか。電子コミックの作品ページは一方通行の発信です。しかもこの作品が、実体験に基づいていることなどは、読者側は知る由もないんです」と語り、このレビューが一人歩きすることで、作品を読まずに否定する人が増えるのではないか、と危惧したといいます。

     ツイートに対する反響の大きさは想像以上で、逆に恐怖を感じるほどだったという浦沢さん。

     しかし「蓋を開けてみると予想に反して多くの肯定的なご意見や応援のリプがほとんどで、これは嬉しい驚きでした。無名の私の無名の漫画がネットの片隅で少しは認知されたこともそうですが、何よりもロービジョンという言葉や存在が少しでも注目されたことは大きいです。この作品を描いた一番の目的なので、想定外の形ではありましたが、その目的の一部は果たせているのかもと思います」と、ツイートが拡散されたことにより、ロービジョンの存在を認知してくれた嬉しさも感じているそうです。

     残念ながら、この反響が届く少し前に打ち切りが決定してしまったという「見えない私の恋は不自由。」。長く続けられれば、その分多くのロービジョンや視覚障害者のリアルを描けるとともに、身近に障害者がおらず知る機会もない人々に、その一端を見聞きする機会を提供できた……と、浦沢さんは心境を明かしてくれました。

     もし、どこかで連載を続けられるなら、と今後に予定していた構想の一部をうかがうと「恋愛や仕事、同僚との関係の成り行きもそうですが、この先主人公の障害は悪化することは必至です。彼女の今後を描くことは、まだ若い視覚障害者が生きていく上での困難や不自由さを健常者に見ていただける数少ないチャンスだと考えています。さらに、できれば視覚障害者だけではなく、世の中の様々なマイノリティにも触れられたらとも思っています。塔子や祐月は一見マジョリティに見えても、実はそうでなかったり……という存在ですから。マイノリティはそんなに遠い存在ではないんだよ、という(笑)」……非常に興味深いお話をしてくれました。どこかで続きが見てみたいですね。 

     実は筆者も遺伝性の強度近視で、親が同じように視野、視力ともロービジョンとなって障害者手帳を交付されているために、近い将来として共感できる部分があるのですが、視野が欠けているというのは、当事者以外には理解しきれないもの。漫画では分かりやすく描写されていますが、実際には視界に「見えない部分」が存在するのではなく、視野が欠損している部分は自身の感覚では「存在していない」ので、物体が欠損部分を横切ると視界の中で突然消え、突然現れるという「瞬間移動」したように見えるんだそうです。

     風邪でも人によって、鼻水がつらいという人や、喉の痛みを訴える人、発熱や咳……と、人それぞれに症状が違い、感じ方も異なるもの。障害についても同じです。感覚を共有することはできないものの、せめて理解したいという姿勢は持っていたいものです。

    (C) ばにー浦沢/めちゃコミックオリジナル

    <記事化協力>
    ばにー浦沢さん(@bunnys_work)
    <参考>
    厚生労働省 障害保健福祉部企画課「平成18年身体障害児・者実態調査」(報告書PDF
    身体障害者障害程度等級表(身体障害者福祉法施行規則別表第5号

    (咲村珠樹)

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