レッドブル・エアレース2018の第6戦、ウィーナー・ノイシュタット大会が9月15日(予選)・16日(決勝)にオーストリア東部の街ウィーナー・ノイシュタットで行われ、チェコのマルティン・ソンカ選手が第4戦ブダペスト大会、第5戦カザン大会に続く3連勝を飾りました。2017年のチャンピオンである日本の室屋義秀選手は、開幕戦アブダビ大会以来の2位表彰台、3位には決勝当日47歳の誕生日を迎えたオーストラリアのマット・ホール選手が入りました。
■オーストリア最古の飛行場に作られたトラックは今年初のスタンディングスタート
1194年、オーストリア公レオポルト5世によって開かれたというオーストリアの憲章都市ウィーナー・ノイシュタット。オーストリアでは11番目の規模となる都市ですが、人口は4万5千人弱(2018年1月時点)と、日本では市と町の中間くらいです。街の中心部にあるウィーナー・ノイシュタット城には、1751年に開設されたオーストリア軍のテレジアーヌ士官学校があり、ヨーロッパ現存最古の士官学校として知られています。このため、第二次世界大戦では連合国軍による度重なる空襲(1943年から1945年まで大きなものだけで14回)に遭い、市街地のほとんどが焼き尽くされたという歴史も持つところです。
今回レッドブル・エアレースの会場となったのは、街の中心部から2kmほど離れたところ(中央駅から1駅隣のウィーナー・ノイシュタット北駅が最寄駅)にあるウィーナー・ノイシュタット西飛行場。1909年6月11日に当時のオーストリア-ハンガリー帝国の帝室飛行場として開設された、オーストリア最古の飛行場であり、ヨーロッパでも屈指の歴史的飛行場です。1620mから840mまで6本の滑走路を持つ広い飛行場ですが、格納庫と駐機場(エプロン)地区を除いては全て未舗装の芝生(グラス)滑走路。未舗装の飛行場としてはヨーロッパ最大の敷地面積で、プロペラ機ばかりが飛んでいた古きよき「飛行場」の雰囲気を今に伝えています。現在もオーストリア軍が管理していますが、民間にも開放されており、およそ20の飛行クラブが拠点を置くなど、グライダーやスカイダイビングの拠点として親しまれています。
このヨーロッパ最大の芝生飛行場の敷地に、レーストラックは設置されました。飛行場とあって大きな起伏はなく、地上に設定されても水上のレーストラックのように、パイロンが同じ高さに並びます。周りにも航空機の進入の妨げとなるような高い構造物が作れないため、トラックを飛ぶ際の目印もほとんどありません。風の向きや強さも、飛行場に設置された吹き流しが頼り。最初はパイロット達も面食らったようですが、すぐに昔ながらの雰囲気を残すロケーションを気に入ったらしく「飛ぶのは楽しい」という感想を語っていました。
飛行場内にレーストラックが設置されたため、2018年シーズンでは初となる、離陸してすぐにトラックに進入するスタンディングスタートでレースが行われました。舗装されたエプロン地区に設定されたハンガーから、南東/北西(14/32)方向に伸びる滑走路を北西に向かって離陸したレース機は右旋回して、南北に向かって伸びる2本の滑走路(18/36)の間に設けられたスタートゲートに入ります。入ってすぐに180度のハイGターンをしてスタンド正面のシケインをクリアし、やや右旋回してゲート5で縦のターン(VTM)。ゲート6から左に旋回してスタートゲート……というレイアウトのトラックを2周します。離陸してどれだけ加速してスタートできるか、そして最初の大きなターンでGをかけ過ぎ、速度を落とすことのないようなラインで飛べるかが鍵といえるでしょう。
金曜日は午後から雨が降り、フリープラクティスは午前の1回のみ。土曜午前と合わせて2回のフリープラクティスでトラックの感触を確かめ、各選手は予選に臨みました。
■誕生日のドルダラーを抑え室屋が予選1位
予選が行われた9月15日は、マティアス・ドルダラー選手(ドイツ)48歳の誕生日。ハンガーでは隣国ドイツから駆けつけた母親のヘルガさんや友人たちが、ドルダラー選手の誕生日を祝っていました。
スタンディングスタート式のトラックのため、予選のタイムアタックは連続して行うことはできず、1回ごとに着陸してから再度スタートするという形式が取られます。その結果、予選1位は58秒483で室屋選手。0秒317差で誕生日のドルダラー選手が2番手に入りました。ドルダラー選手は1回目のタイムアタック時、2周目のタイムがこの日全選手最速の27秒717をマークし、ファステストラップ賞を獲得しています。
59秒を切ったのはこの2選手のみ。3番手のソンカ選手(チェコ)は59秒071、4番手にマクロード選手(カナダ)が59秒196で続きます。年間チャンピオン争い上位のホール選手(オーストラリア)は59秒212で5番手、第5戦を終えてのポイントリーダーであるグーリアン選手(アメリカ)は59秒227で6番手につけました。ペナルティがなければ全選手のタイム差は3秒未満となっており、決勝ではミスが勝負を左右することが予想されました。
■決勝ラウンド・オブ14でまさかの逆転劇
決勝が行われた9月16日は、マット・ホール選手47歳の誕生日。ハンガーでは仲間から、花火が飾られたバーズデーケーキをプレゼントされました。
バースデーウィンを狙うホール選手はヒート1でルボット選手(フランス)と対戦。ルボット選手が縦のターン後のゲート6でインコレクトレベルのペナルティ2秒を受けたこともあって、やすやすと勝ち抜けました。
この日は予選と風向きが変わり、ゲート5からゲート6方向へと吹き込む形に。縦のターンで上昇して速度を失い、下降する局面で機体が風に流されてしまうため、ゲート6(2周目ではゲート12)への目測が狂い、ここでのインコレクトレベルが複数回出ることになりました。上位陣でこれにハマってしまったのがグーリアン選手とドルダラー選手。グーリアン選手は2周目に機体を降ろしきれずに、ゲート12を下向きに通過。インコレクトレベル(シンキング・イン・ザ・ゲート)で2秒のペナルティを受けてイワノフ選手(フランス)に敗退してしまいました。
ドルダラー選手はスタート時にスモークが出ず1秒のペナルティ。さらに縦のターン後のゲート6でインコレクトレベルと計3秒のペナルティを受け、0秒557差でコプシュタイン選手(チェコ)に敗れてしまいました。
ラウンド・オブ8に進んだのはホール選手、マクロード選手、イワノフ選手、ソンカ選手、チャンブリス選手、コプシュタイン選手、室屋選手、そしてファステストルーザーのブラジョー選手(フランス)です。
■レッドブルの地元ならではのサイドアクト
オーストリアはレッドブルの本社(ザルツブルク)がある国。このため、サイドアクトはレッドブルの幅広い支援活動が堪能できました。地上ではフリースタイルモトクロス、そして空ではレッドブルの航空デモンストレーションチーム「フライング・ブルズ」が登場。銀色に輝くポリッシュドスキンのP-38やレッドブルカラーのアルファジェット、そしてBo105ヘリコプターが宙返りを見せるなど、エアロバティックの妙技を見せつけます。
また、無人航空機などのシステムで世界的に知られるオーストリア企業、シーベル(Schiebel)が、カメラ搭載の無人ヘリコプター「カムコプター」S-100をデモンストレーション。この無人機は測量や捜索救難、偵察など、世界中で導入されています。
■チャンブリスがエンジントラブルで棄権
迎えたラウンド・オブ8。最初に飛ぶチャンブリス選手(アメリカ)のレース機に異変が発生しました。エンジンの点火系統(マグネトー)のトラブルで、プラグからうまく火花が出ず「エンジンを回したら、バッ!バッ!というバラけた爆発音がする(チャンブリス選手のインタビューより)」とのことで、このまま飛ぶと危険なため、チャンブリス選手は棄権を決断。DNS(スタートせず)となり、安全に飛びさえすれば対戦相手の室屋選手はファイナル4進出が可能となりました。
しかし、ここでペースを落としすぎるとリズムが狂います。室屋選手はしっかり攻めて59秒578をマークしました。
続くソンカ選手対コプシュタイン選手の対戦は、59秒347のソンカ選手が0秒557差で勝利。ブラジョー選手対マクロード選手の対戦は、ブラジョー選手が59秒636とラウンド・オブ14から大幅にタイムを縮めると、後攻のマクロード選手がゲート7で痛恨のインコレクトレベル。2秒ペナルティが加算され、1秒752差でブラジョー選手が第4戦ブダペスト大会以来となる、今シーズン2回目のファイナル4進出を果たしました。
ラウンド・オブ8最後の対戦は、バースデーウィンを狙うホール選手が58秒394をマークし、1分0秒520のイワノフ選手を2秒126差で下してファイナル4へ進出しました。
■今シーズン最も激戦の表彰台争い
ラウンド・オブ8から時間をおかずに始まるファイナル4。離陸からの加速が重要視されるスタンディングスタートでは、短いインターバルでいかにエンジンを冷やせるか、冷却システムの出来がパフォーマンスに影響します。今シーズン、エンジンカウリング内の気流を最適化し、エンジン冷却に自信を持つ室屋選手がまず59秒324と予選時を上回る最速タイムを記録し、後続の選手にプレッシャーをかけます。
しかしその室屋選手のタイムも、第4戦ブダペスト大会、第5戦カザン大会を連勝して勢いに乗るソンカ選手はものともしません。中間計時は室屋選手に劣っていましたが、最後のセクションで大逆転。59秒288と0秒036上回ってみせました。続くブラジョー選手は冷却がうまくいかなかったのか、ラウンド・オブ8よりタイムを落として1分0秒088でフィニッシュします。
残るはホール選手。初のバースデーウィンを狙って離陸します。最初の計時は18秒348とソンカ選手より速かったのですが、徐々に遅れがみられ、最終的に59秒371でフィニッシュ。0秒083差で室屋選手に次ぐ3位となりました。わずか0.119秒の間に1~3位が入るという、まれに見る大激戦でした。ソンカ選手の勝利に、東京~名古屋よりも近い隣国チェコから集まった応援団も大喜び。
■ソンカ3連勝の前に室屋2年連続総合チャンピオンの夢破れる
ソンカ選手はこれで第4戦から第6戦まで3連勝。これはいずれも年間総合チャンピオン経験者である故マイク・マンゴールド選手(2005年)、ポール・ボノム選手(2009年~2010年)、故ハンネス・アルヒ選手(2010年)と並ぶ最多連勝記録です。ソンカ選手はこれで1位の15ポイントを加え、合計64ポイントと総合チャンピオン争いでトップに立ちました。開幕から2戦連続でトラブルに見舞われ、DQになった悪夢を完全に払拭した感じです。
また、第3戦千葉大会の代替分を含むチャレンジャーカップのレースが15日・16日と連続で行われ、香港のケニー・チャン選手が連勝。ダブルヘッダーの連勝というのは初めてのことです。
室屋選手は開幕戦以来となる2位表彰台をゲット。12ポイントを加えてトータルで34ポイントとしました。ソンカ選手とは30ポイント差。アメリカで行われる残り2戦を連勝し、ソンカ選手がノーポイントで終わればポイントが並びますが、ソンカ選手が3勝しているため、勝利数で上回ることができません。室屋選手の2年連続総合チャンピオンという夢は、ここで終わってしまいました。
年間総合チャンピオン争いは、ソンカ選手(64ポイント)、ホール選手(58ポイント)、グーリアン選手(55ポイント)という、今シーズン勝利をおさめている3人に絞られました。非常に僅差の争いとなり、グーリアン選手の母国アメリカで行われる残り2戦は注目です。とはいえ、レッドブル・エアレースは「ホームレース」の有利さとは全く無縁のスポーツ(逆に地元メディアへの対応で忙殺されることが多い)なので、非常に見応えのある終盤戦となります。過去には、2007年最終戦でマンゴールド選手が3位に入ってボノム選手と同ポイントで並び、勝利数の差で大逆転チャンピオンとなったこともありました。
アメリカの地で、勝利の女神は誰に微笑むのでしょうか。第7戦は10月6日・7日、モータースポーツの聖地、インディアナポリス・モータースピードウェイを舞台に開催されます。
見出し写真:Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool
(咲村珠樹)