こんにちは、咲村珠樹です。
暑い日が続く今日この頃。海とか行きたいけど行けない……という方の為に、今回の「建物萌の世界」は、海を感じさせる建物にご案内しましょう。
東京は江戸橋のたもとに、こんな形のビルがあります。
これは1930(昭和5)年12月に建てられた、三菱倉庫の本社(本店)ビル。建築当初は「江戸橋倉庫」と言っていましたが、翌年に本店が移転してきて、現在のような本店ビルとなりました。
この建物で特徴的なのは、やはり屋上にある塔屋でしょう。
なんだか、船のブリッジ(船橋)のようなデザインです。もともと海運業から始まった三菱グループ。そのうちの三菱為替店(三菱UFJ銀行のルーツ)の倉庫部門が独立したのが三菱倉庫なのですが、建物のモチーフは荷物を運ぶ為に欠かせない「船」を想起させるものになっています。設計を社内(三菱倉庫建築課)で行っているので、より自分達の業務をおしゃれに表現したのかもしれません。この建物は、東京都の歴史的建造物に選定されています。
船を感じさせるのは、塔屋に限りません。一番上の窓も上部が半円形になっていて、なんだか船の窓を連想させます。
階段室のバルコニー(上に屋根が付いているのがベランダ、ないのがバルコニー)も、最上部だけ丸みを帯びていて、横に並ぶ窓とデザインが統一されています。交差点に面した角の部分だけ、軒のラインが一段高くなっているのも、ちょっと船の舳先を想像させますね。
その角の部分に入り口が作られているのですが、2階部分の窓も、なんだか船のブリッジを感じさせます。内部を見学できないので、どういう部屋になっているかは判らないのですが、船長……もとい社長室だったり応接室だったりするんじゃないか、と想像してしまいます。
2階部分までの基壇部は外壁を自然石で覆っていて、ちょっとイギリス辺りの重厚なオフィス建築を彷彿とさせます。
横には役員用の社用車が止まっていたので、重厚な外壁と相まって、いかにも古き良き大企業……といった雰囲気を醸し出しています。
入り口近くに設置された灯具は、シンプルながらも当時よく見られたデザインの傾向がうかがえます。
さて、この建物は建築当初「江戸橋倉庫」という呼称だった訳ですが、ここまでご紹介したのは、いわば事務所部分。現在でも倉庫が併設されており、トランクルームとして活用されています。
建物を横から見たところですが、左側から続く石張りの外壁が途中で途切れます。ここから右が倉庫です。
船を思わせる装飾が印象的な事務所部分に較べて、非常に実用的というか、シンプルな外壁です。……まぁ倉庫ですからね。しかし、鉄窓が縦に並ぶ様子は、独特の美しさが感じられます。
さて、江戸橋のたもとに建っているこの三菱倉庫ビル。つまり、横には川(日本橋川)が流れています。以前、日本橋をご紹介した際、昔は川を使った水運が盛んだった……というお話をご紹介しましたが、やはりこのビルも川による水運をメインに考えられており、川に面した部分に搬入口が設けられています。道路だけでなく、川にも「正面」が設けられているのです。
面白いことに、道路に面した部分ではシンプルな外壁だった倉庫部分(写真左側)が、川に面したこちら側になると、様々なディティールが豊かな表情を見せているのが面白いですね。
写真に見える一番下の部分、奥まったところに半円形のラインが見えますが、ここがかつて川から物資を搬入した場所です。
上の階は階段の踊り場が曲線的に張り出し、さらに大きな窓が並んで非常にモダンな印象。こういう感じのデザインは、ちょっとドイツのバウハウスのような国際様式(インターナショナルスタイル)っぽくて、個人的には大好物です。
ただ、ここでちょっと残念なお知らせがあります。この三菱倉庫ビル、改築計画が持ち上がっているのです。
特徴的な屋上の塔屋を中心とした外壁等、建物の外観は極力残した上で、高層の賃貸オフィスビルを建設するというもの。外観はある程度残るのですが、発表された完成予想図を見ると、現在あるビルの上に高層ビルが乗っかった感じになっており、今あるような雰囲気はスポイルされてしまう印象です。
工事は10月着工予定なので、この雰囲気を味わえるのもあとわずか。ぜひ、今のうちに一目見ておかれることをお勧めします。
(文・写真:咲村 珠樹)